暗闇
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――もう身体が動かせない……
仰向けになり、必死に【障壁】を維持して、積み重なるオークの山に耐え続けてはいるが、そのとてつもない重さに、まったく身動きが取れない。
すでに、【障壁】のすぐ上に居たオークは、その上に積み重なるオークの重みに耐えきれず、血を吹き出して潰れている。
おそらく、何体ものオークの圧死体が積み重なり、その身から流れ出した血が滝のように流れ落ちてきている。
【障壁】で身体を覆い固めて、その重みに耐えている俺も、すでに地面にめり込んでいる。めり込んだ上で、また重みが加わり、また地面に埋め込まれているのだ。
そして、この状況は、もう一つ重大な事態を引き起こし始めていた。
『酸欠』である――
あまりにたくさん積み重なったオークが、重みで潰れ、隙間なくその肉によって覆われてしまい、空気の流れが止まってしまったのだ。
おそらく、オークたちの中にも、窒息で命を落としたものがいるだろう。それほどまでに、このオークの山は壮絶な状態なのだ。
正直、もう既に酸素不足で、意識が朦朧としてきている。魔力はまだまだ余裕があるが、【障壁】を維持する事以外、何もできない。
――あぁ、みんなともっと冒険者したかったな……。せっかくこちらの世界でも家族と呼べる人たちができたのに……。悔しいな……。
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どれほどの時間耐えていたのだろう。
――もう、いいか。
そう呟いて、息を吐き出したっきだった――
『――ちょっとヒロっ!? しっかりしなさいっ!? まったく、あんたも私が居ないとダメみたいねっ! 』
遠くから、聴き慣れたあの姦しい声が聞こえてきたような気がした。
「――えっ! ベルさん??」
オークの山に潰されて、真っ暗な目の前に、何か光が差し込んだ気がした。
まだ、動ける訳ではない。しかし、まだ諦めるべきではないと、朦朧とした意識の中にそんな気持ちが膨れ上がった――
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「――さあ、みんなっ! ありったけの石を投げつけなさいっ! せえのっ!!!」
泥沼に木の板を渡し、次々と砦の前に集まる人々に、妖精が号令をかけた。
「――それっ!」
次々と投げられた石の軌道が、妖精の気合いとともに放物線ではなく、急に魔物の群れへと斜めに飛んでいく。妖精が巻き起こした風に押されて。
風の後押しを受けた大量の石は、魔物たちを次々にぶつかっていく。
その数は、リンカータウンの住民の半分。5千人近くが一斉に投げたのだ。1人が一つ投げたとしても、5千の石の弾丸になる。
力の弱い子供や女性に至るまで、魔物の群れに向けて自らの意思を込めて石を投げた。
それは、5千を超えると言われた魔物の大群の数を優に超える――
そう、この街の住人の投げた石は、全ての魔物に剣の一太刀を与えるのにも匹敵する攻撃なのだ。
「――ヒロ兄っ! 今、助けるからっ! ニールっ! やっちゃえっ!」
「ピピ――っ!!」
ニールがナミの号令に応える。
ゴゴォ――――っっ!!
古竜の特大のブレスがオークの山にぶつかった。
その一撃はオークの山の一角に穴を開ける。
「――ニール、よくやったっ! あんたはそこで休んでなさいっ! ギースさん、行くよっ!」
「――おうっ! 承知したっ!」
腹這いになってその場にへたり込んだ古竜を置いて、ショートソードを持った魔獣使いの少女と、槍を構えた竜騎士の竜人族がオークの山に向かって走り出す。
「――アメワ姉っ! 強化お願いっ!」
付与術士から、魔獣使いと竜騎士に身体強化の魔法が飛ぶ。すると、一気に素早さを増した2人は、オークの山の前に展開したゴブリンやコボルトの群れへと到達させる。
「――ヒロ兄っ! 生きてるよねっ! 絶対助けるからっ!」
ショートソードを振り回しながら、魔物たちを屠る魔獣使い。その後では、竜騎士が槍を振り回し、魔獣使いの背中を守っている。
「――さて、今こそ、私も全力を出すタイミングですね。――炎の魔神=イフリートよっ!」
石を投げ切った住民を後ろに下がらせ、這いつくばって気を失っている古竜を抱き抱えた。
そして、右手をかざし、突然目の前に現れた炎で全身を包み込んだ巨人に力を行使させた。
ゴゴゴゴゴォ――――っっっっ!!!!
先程、古竜のブレスが突き抜けたオークの山の穴に、今度は炎の巨人=イフリートの青い炎が突き抜けた。その高熱の炎はオークの山の半分を一瞬で燃やし尽くす。
「……やはり、なかなかコントロールが難しいですね。」
魔力を使い果たしたエルフの男は、自分の力の未熟さを反省しながらも、オークの山の半分を吹き飛ばした上位精霊に感謝の言葉をかける。
その場に片足をついて息を荒くするギルドマスターが右手を下げると、一瞬で目の前にいた炎の巨人は姿を消した。
「さて、あとひと押し……、何ができる。」
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クレージュは、驚いていた。
まさか、リンカータウンの住人が、しかも女性や子供までがこの最前線に居る。ただ、守られているばかりかと思っていた住民がだ。
しかも、その数たるや、今や魔物の数より多いのではないだろうか。一人一人は弱い存在だとしても、その全員が石を投げる事によって意思を表したのだ。
「――今こそ、我らも砦から打って出るべしっ!! 動けるものは私に続けっ!! 」
絶対にあの勇気ある住民たちに魔物を近づけてはならない。
クレージュは、砦に残る全ての国軍兵士を引き連れて砦から飛び出す。
すると、住民の中に紛れていたのか、後方から、逃げ出した国軍の兵士たちが飛び出してきた。街の防衛に付いていた衛兵たちも一緒だ。
「――申し訳ございません、罰は後から受けますっ! 我々もご一緒させてくださいっ!」
無言で頷き、逃げ出した兵士たちに住民の前に展開するように命令する。
「――勇気ある住民たちに魔物を近づけるなっ!! 我々は、民のために存在するのだっ!! 絶対に魔物を後ろに通すなっ!!」
国軍の指揮官は、今、まさに魔物の大群に勝利できると、この戦いが始まってから初めて、想像できたのだった――
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