リンカータウン防衛戦⑧
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――クレージュは判断に迷っていた
今、砦の前方にオークが積み重なった山ができている。
そう、信じられない事に、魔物であるオークが、1人の冒険者の動きを止める為に、100を超えるオークが何重にも積み重なっているのだ。
「……そんな事……、あり得るのか?」
クレージュは、魔物が一つの目的を達成しようと、お互いに助け合う行動をとるなんて、今までに見たことも、聞いたこともなかった。
それが、たった1人の冒険者に対して、襲いかかるのではなく、積み重なって動きを止めようと行動するなどと、俄かには信じられない事であった。
巨漢のオークである。あれだけの数が積み重なれば、下敷きにされた冒険者など、ひと溜まりもなく、圧死しているに違いない。
……いや、ターゲットにされた冒険者どころか、下にいるオークすら圧死は免れない
魔物が協力しあっている?
しかも、自らの身を犠牲にして?
「……そんな事、あり得るのか?」
クレージュは、同じ言葉を繰り返した。
そして、圧死は免れないと考えながらも、先程からとんでもない威力の極大魔法を連発し、自分たちの籠る簡易砦から魔物のほとんどを吹き飛ばしながら、自らを囮のようにして、一身に魔物の攻撃を引き受けていた冒険者を、なんとかして救わなくてはならないとの思いにも駆られていたのだった。
何度も何度も、魔物の攻撃を喰らいながら、ずっと戦い続けていたのだ。あの、信じられないオークの山の下敷きにされていたとしても、彼はまだ生きているのではないか、と感じさせるのだ。
今、砦に残る兵士は100人程度。負傷して動けない者を省けば、実質50人程度しか動けないだろう。
あの冒険者が、砦の東西を泥沼で覆ってくれた為、我々国軍は前後の魔物に集中する事ができるようになった。そのおかげで、砦は救われたも同然なのだ。
しかも、本来なら砦の国軍が魔物たちのヘイトを集めて耐え続けるべきところを、あの冒険者が一人、ヘイトを集めて魔物を引きつけてくれている。
そのおかげで、今、砦は体制を立て直し、砦に取り憑く魔物を一掃する事ができたのだ。
オークの山が積み上がってからも、ほとんどの魔物が冒険者の周りに殺到したまま、砦へと向かって来ない。ならば、まだ、冒険者は生きてこの状況に抗っているのではないだろうか。
「……いや、……そんな事、あり得ないだろう……。」
クレージュは、一応の結論を出した。
だいたい、たかが50人の兵士が、あの魔物の大群に突撃して何ができると言うのか。砦という有利があって初めてなんとか戦う事ができ、それでも全滅の憂き目にあっているのだ。
砦に篭って、少しでも時間を稼ぐ。それこそが上策。無闇に、砦を捨てて飛び出すなど、やってはならない、下の下の行動である。
しかし、そう決めたクレージュではあったが、あの勇敢な冒険者をなんとかしてあげられないのか、と葛藤し続けていた――
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「「「 ギャギャキャギャウーーっ!! 」」」
突然、つんざくような魔物たちの声が、曇天の空に響き渡った。その声は、厚い雲に跳ね返されて、街道へと鈍く反響する。
「――なんだ? どうした!?」
砦の後方で魔物の群れと戦っていた冒険者たちに動揺が走る。三重に設けられた防御陣地は、三列目まで押し込まれていた。
「――最後まで気を逸らさないでっ! この魔物たちを倒せば、砦を突破してきた魔物を一層できるわっ! あと少しよっ! 頑張りましょうっ!」
アメワの叫び声が響き、動揺しかけた冒険者たちの集中を引き戻した。
ヒロが砦の向こうへと向かってからは、新しく魔物は押し寄せできていない。おそらく、あの勇気ある少年が、一身に魔物を引き受け続けて居るのだろう。
(――早く、この魔物たちを片付けて、ヒロ君の助けに行かなくてはっ……。)
実は、一番焦りがあるのは自分かもしれない。そう考えながらも、努めて表情に出さずに、アメワは冒険者たちを鼓舞し続けていた。
「――にゅ〜っ!! アメワ姉っ! 」
ナミは、顔を真っ赤にして叫びはじめた。
ずっとナミやサムの指示に従って陣地の防衛活動に邁進してくれていた彼女が、もう我慢できないと言って、かなり焦った声を上げているのだ。
「――ニールが、ヒロ兄がピンチだって言うの!」
いつの間に目を覚したのだろうか、一度ドラゴンブレスを放ったあと、眠るように気を失い、ナミに背負われていた古竜の子供がナミに思念を伝えてきたと言う。
(――ヒロ君っ!?)
アメワは、逡巡する。
どうしたらいい!?
この場を冒険者たちに任せて、自分とナミ、ギースだけでもヒロの元へ向かうべきか!?
いや、しかし、この場を捨てて動いたことで、あと100匹程までに減らした魔物たちの勢いが盛り返すこともあるのだ、最後まで油断せずにやり切るべきだ。
「――ナミちゃん! あと少しよっ! ここにいる魔物さえ倒してしまえば、ヒロ君の所へ向かうことができるっ! あと少しなのっ! 耐えてっ!」
アメワの声に、ナミは涙を流して歯を食いしばっている。大好きな兄の事が心配でしょうがないのだろう……。私だって、心配で、心配で……。2度と仲間を失うなんて、耐えられるわけがないものっ!
(……カヒコっ! どうかヒロ君を守ってあげてっ! )
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――その時、焦るアメワの後ろから、大きな声が響いた。
『――アメワっ! ナミっ! 情けないわねっ! まったく、私が居ないとダメなんだからっ! 』
振り返ると、そこには沢山の街の住人を引き連れた、優しい妖精が仁王立ちしていた――