リンカータウン防衛戦④
♢
冒険者たちが守る防衛陣地。ここにも魔物が集まり始めていた。しかし、前線で派手に立ち回るヒロが、一身にヘイトを稼いでいるため、こちらに向かってくる魔物の数はそこまで多くは無かった。
「――まだよっ! 引きこんで!」
アメワの絶叫が響く。
「――盾隊っ! 踏ん張りどころですよっ! さあ……、今だ、防げっ!」
泥沼によって狭めらた通路に、魔物が殺到するが、盾持ちの冒険者達が、その盾を壁にして堰き止める。その中には、槍から大きなタワーシールドに持ち替えた竜騎士の姿もあった。
冒険者たちが持つヒーターシールドの下部は杭状の突起が取り付けられていて、その突起を地面に突き刺した大楯は、まるで壁のように魔物の進撃を防ぐ。
「――さあ、みんな、絶対にここを抜かせぬぞっ! 押し返せっ!!」
竜騎士の掛け声に合わせて、次々とぶつかってくる魔物たちの体当たりを跳ね返し続ける。
「――今ですっ! 一斉に攻撃っ! 」
壁に塞がれた魔物たちが、身動き取れずに、盾隊との押し合いを挑んでいたその時、冒険者達が放つ弓矢と石、そして魔法が浴びせられた。
アメワの号令により、横合いから放たれたその攻撃は、次々に魔物を打ち倒していく。
「――槍隊っ! 突き放せっ!」
サムギルド長の合図に合わせて、横入りの攻撃に気を取られた魔物たちに対し、今度は盾隊の隙間を縫って、槍隊の槍が突き出された。
一連の流れ、この攻撃により、押し寄せた約50匹のゴブリンやコボルトが、全て血を吹き出して泥沼の堀に落ちた。
「――やれるぞっ! このやり方なら、しばらくは耐えられるっ!」
おおっ! と今の防衛戦に参加した全ての冒険者が雄叫びを上げた。初戦の大勝利、これこそ、経験の少ない冒険者たちにとって大きな自信になるのだ。
ヒロが泥沼の堀と柵を使って作り上げた陣地の工夫。それは『桝形虎口』と呼ばれるものである。
通路を直角に曲げる事により、攻撃に晒される距離を長くし、入り口正面に盾隊により侵入を防ぐ事によって、動きのとれない魔物たちを側面から弓矢や石、魔法などの遠距離攻撃で倒していく、日本の城に用いられた防御施設の応用であった。
これにより、2方向から攻撃を加えることができ、また、魔物と接敵する範囲を狭くすることができる。盾隊の疲労はかなりのものになってしまうが、そこは交代しながら、門の役割を果たし続ける事が必要ではある。
「……ヒロ兄……。無事でいて……。」
側面からの投石部隊に加わっているナミは、一人で魔物の群れに飛び込んで行った白髪の少年を目で追い続けていた。しかし、途中で魔物の群れに遮られ、姿が見えなくなってしまった。
しかし、今は彼の言いつけを守っている。自分が彼の足を引っ張ってはならないのだ。
ナミは、八重歯を食いしばりながら、魔物に向かって石を投げ続けていた。
――私にもっと力があればっ!?
そう、心の中で叫んだその時、
「――ニール!?」
一緒にいた古竜の子供の口から、炎のブレスが放たれた――
♢
その頃、リンカータウンの街の中では、街中の防衛に当たっていた衛兵と、最前線の簡易砦から逃げてきた国軍の兵士の間で小競り合いが起きていた。
「お前ら! 民を守るべき兵士が、真っ先に街に逃げてきて恥ずかしくないのかっ!?」
「だから、無理なんだよっ! あんな大量の魔物!」
「そうだぜっ、あんた達も逃げた方がいい! 」
「何を言っているんだ! 我々が逃げたら、戦う力の無い街の一般市民が犠牲になるだろうが!」
罵り合いは、徐々に参加するものを増やし、いつしか街の住民までがその小競り合いに乱入し、その大きな声は街中に響き渡るまでになっていた。
守られるべき民と争う声を挙げる国軍の兵士に、さらに街中から非難の声が殺到する。
その非難の声に激昂し、守らなくてはならない民へと、今にも自らの剣を振り上げようとしたその時、大地と空を震わせる大きな爆発音が響いた。
ドド――ンっ!!
ドドドドドド―――ンっっ!!!
続け様に響く爆音。そして、一瞬静まり返ったその場に、今度は鈴のような声が響いた。
「――あなたたちっ! 何を考えているのっ!? 争う相手が違うでしょ!? 」
凛と背を伸ばし、ブロンドの髪を靡かせた美少女は、颯爽と集団の中に分け入り、小競り合いを繰り返す一団を一喝した。
「――今、命懸けでこの街を守ろうと戦っている人がいるわっ! あなたたちは、ただ守られているだけなのっ? ただ逃げ惑うだけなのっ? 」
少女の絶叫は続く。
「――普段、魔物の子供と蔑み、いじめていた白髪、白瞳の少年を知ってるでしょ? 彼は、あれだけあなた達に虐げられていたのに、この街を、あなた達を護るためにあの場に赴いたわっ!」
さっきまで、逃げてきた兵士たちを罵っていた街の住民たちも、今、守るべき民に剣を振り上げようとしていた兵士たちも、現状の自分達の姿を反省したのか、振り上げていた拳を力無く下ろした。
「――今、振り上げていた拳は、まさにこの街を滅ぼそうとしている魔物に向かって上げるべき拳でしょっ! さぁ、勇気を出して私についてきなさいっ! 足元に転がる石を魔物に投げつけるだけでもいいわっ! 少しでも、あなた達を護ろうとしている人達の為に出来ることをしなさいっ!」
「「……………。」」
一瞬の沈黙の後、1人のハーフドワーフの少年が、その声に応えるように声をあげた。
「――俺は、ついていくぞっ! ヒロが頑張っているのに、自分だけ隠れてなんかいられないっ!」
今度はその膨らんだ袖を襷で結んだ冒険者ギルドの受付嬢たちが声を上げる。
「――そうよ、力の無い私たちだって、石くらい投げられれるわっ!」
その声に惹きつけられたのか、街の住人達が、次々と足元の石を拾い始めた。それは、女も、子供も、そして、一呼吸遅れて男たちも……。
「――さぁ、行くわよっ!!」
ブロンドの髪を靡かせた少女を先頭に、石を手にした街の住人たちが街の北門へと歩き出す。今にも泣き出しそうな雲が空を覆っているが、彼女たちの決意を鈍らせる事はない。
その目には、確かな勇気が宿っていた――
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