異変①
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ダンジョンを中心に円心状に発展した街、それがリンカータウンである。
今でも街は少しずつ広がっており、その為、リンカータウンは城壁に囲まれているわけでもなく、柵などで仕切られているわけでもない。
この国は、一応、王様がいて、王政を敷いてはいるが、絶対王政というわけではない。商人や貴族などの有力者による合議制で国を運営し、各町には、議会から任命された知事が派遣され、街ごとの政務を取り仕切っていた。
旅人も基本的には出入り自由。盗賊などの輩は、街に常駐する小規模の国軍と、街の衛兵によって取締られ、秩序を保っている。
基本的に、この世界では、自分自身がそれまでに積んだ徳や経験、努力の量になどによって授けら才能の可能性が変化すると信じこられている為、悪事を働く者は少ない――
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――その情報は、街の北側入り口の門脇にある、衛兵の詰所にもたらされた。
「――ま……、満月村が、魔物の大群に襲われて、ぜ……、全滅……、した……。」
突然、詰所の中に倒れ込んできた血だらけの男が、この言葉を残しただけで絶命した。
この男は、兵士としての格好をしており、腰には剣の鞘だけが下がっていた。剣自体はどこにもない。全身傷だらけで相当の量の血を流しながら、なんとかこの街までたどり着いたようだった。
街の衛兵たちは、血だらけで絶滅している男の壮絶な姿と、男の衝撃的な言葉にしばらく絶句していたが、隊長の一言により慌ただしく動きはじめた。
「――ち、知事の元に連絡を!」
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普段であれば、昼時の住民たちで賑わう街のメイン通りを、慌ただしく動き回る国軍の兵士と衛兵達の姿が行き交う。
先程もたらされた満月村全滅の急報に、リンカータウンは騒然としていた。
街の住民は、緊急事態宣言が下された事により外出を制限されている。
戦争などとは無縁のこの国にとって、街を守るべき外壁はなく、もしも、満月村を滅ぼしたという魔物の大群がこの街に向かってくれば、街の外で迎え打つしかない。そこで、リンカータウンと満月村を結ぶ北側の街道に急遽、防衛陣地を作っていた。
しかし、急拵えの陣地は、土嚢を積み上げそこに木の板を回しただけ。砦とも言えない、その陣地では、とても魔物を迎え撃つことは難しいと思われた。
リンカータウンの知事は、首都キャピタル・ヘルツとレッチェタウン、フーサタウンへ援軍を要請する急使を送り、街に滞在している国軍にこの陣地の防衛を命じた。街の衛兵は、街中に配置し防衛に当たらせている。
しかし、国軍とは名ばかりで、人数は500人程度しかいない。衛兵と合わせても600人程度しかいない為、急遽、冒険者ギルドにも街の防衛に協力するように要請したのだ。
♢
「――皆さん、お集まりいただきありがとうございます。すでに、聞き及んでらっしゃるとは思いますが、北の満月村が魔物の大群に襲われ、全滅したそうです……。」
冒険者ギルドに集まった冒険者たちは、サムギルド長から改めて告げられた事実に息を飲んだ。
「――今、国軍と衛兵により、街の防衛体制が整えられていますが、今回の緊急事態に対し、冒険者にも街の防衛への協力要請がありました。」
自分たちの住む街である。街の防衛に当たるのは誰もがやぶさかではないと思っている。
しかし……、
「――今、この街の高ランク冒険者は、ほとんどがフーサタウンに行ってしまっています。単純に、人数も少ない……。」
そう……、先日までのダンジョン=ファーマスフーサでのドラゴン大量発生の影響で、腕に自信のある冒険者たちは、ほとんどフーサタウンに出稼ぎに言ってしまっていた。
古竜の卵強奪事件については、俺たちが解決してしまった為、すでにドラゴンフィーバーは終息し始めてはいる。だが、まだまだ高ランクのドラゴンがダンジョン内に残っているため、高ランク冒険者たちは一攫千金を夢見て、そのままフーサタウンに滞在し続けているのだ。
「――ですから、我々冒険者は、遊撃隊として、街の周辺の警備に当たります。」
最前線に国軍、街中に衛兵、そしてその間を遊軍として冒険者が動く。国軍の防御をすり抜けた魔物たちを街に入り込ませない役割を担うことになる。
「――国軍の偵察によると、満月村を壊滅させた魔物の大群が、すでに村から溢れ出し、そのまま南下。この街の方へと向かっているそうです。その数は……、街道の半分を埋め尽くし、まだ後続が続いていると……。」
街道を埋め尽くす魔物? どこにそんな数の魔物がいたというのだろうか。ダンジョンの魔物は、ダンジョンから出てこないはず。だとすれば、地上で増えた、地上の魔物たち。そんな大量の魔物が隠れ住めるような場所などあるのだろうか。
「――ただし、魔物の大半はゴブリンやコボルト、オークなどの魔物。強力な個体はそれほどいないようです。」
強力な個体が居なくても、それほどの大量な魔物を相手に、500人程度の国軍が耐えきれるとは思えない。数による暴力というものは、数でしか対処できないものなのだ。
「――首都やレッチェタウン、フーサタウンには使者を飛ばしているそうですので、頑張って耐え続けていれば、援軍も期待できるでしょう。」
耐え続けることができれば、だが……。
「――街には1万を超える住人がいます。我々の愛するこの街と、その街に住む住人を護る為、皆さんの力を貸してください。」
サムギルド長が頭を下げる。
ここに居るのは、約100人の冒険者。しかし、ほとんどが低級や新人であり、戦闘に自信のあるものは少ない。
正直言って、冒険者がわざわざ命を賭けて街を護る義務はない。自由な身分、自由な職業、自由な行動、それが冒険者というものなのだ。
そして、俺にとっても、この街に思い入れなど、まったくといってないのだ――