不穏
三日月村を出発した俺たち一行は道端の木陰で休憩しながら、リュックの中から、預けられている機械人形=ゴーレムを取り出して眺めている。
その機械人形は、60cm程の背丈で、顔には目のような窪みと、鼻と思われる突起があるだけ。手足に指もなく、全身がカーキ色の3頭身。
材質はまったく検討もつかない。軽く持ち上げられる程度の重さで、木材のようにも見えるし、素焼きの焼き物のようにも見える。ただ、そう簡単に壊れるようにはできていない。軽く叩いてみても、音が響くわけでもなく、金属という感じもしない。
肘や膝といった関節も、とくに機械じみたものではなく、見た目にはまさに3頭身のデッサン人形といった感じだ。
「――不思議な人形ですな。これが機械人形=ゴーレムというものですか。」
竜騎士は、初めてみる機械人形に興味深々の様子。しかし、その大きな手で機械人形に触れて壊してしまうのが怖いのか、決して触れることなく眺めている。
「うん。ダンジョン=インビジブルシーラにいけば、この機械人形が使徒アエテルニタスのところまで案内してくれるらしいんだけど……。」
正直なところ、この機械人形が動き出すようには見えないんだよね。3頭身の身体は、どの角度から眺めてみても、動力源や起動ボタンのようなものも見当たらないし、生き物っぽさは微塵もない。
この世界に電気という概念は見当たらないが、その代わりに魔力という概念が広く浸透している。ならば、この機械人形も魔力に反応して動き出すのだろうか。
木陰で遊んでいた古竜ニールも、鼻先で機械人形をつついたりしているが、特に反応しない機械人形に飽きて、すぐにまた一人遊びに戻ってしまった。
「まぁ、サムギルド長が出鱈目な事を言うわけもないし、ダンジョン=インビジブルシーラまで行ってみるしかないね……。」
♢
実は、のんびりと休憩しているのには、別の理由がある。
出発前から少し様子がおかしかったおしゃべり妖精が、半日ほど歩いた所で倒れてしまったのだ。
「ちょっと目眩がしただけよ……。少し休めば大丈夫。」
と、相変わらず強気なおしゃべり妖精だが、いかにも顔色が悪く、大きな木を見つけて、その木陰で休ませているのだ。
おしゃべり妖精は、魔術師大学での一件で、不思議な薬で身体が大きくなり、歩くのに慣れていないからだと主張するが、いつも元気いっぱいの彼女が静かに黙々と歩いていた時点で気がつくべきだった。
三日月村を出る時点で、身体の調子はよくなかったのだろう。おしゃべり妖精がおしゃべりしないなんて、やっぱりおかしい事だったのだ。彼女にもっと気を使うべきだったと反省している……。
「今日は、無理せずここで野宿しよう。テントを張るから、ベルさんは中で休んで。」
俺は、今日の旅を早めに切り上げる決断をした。仲間の竜騎士はすぐに頷き、焚き火用の柴集めに向かう。おしゃべり妖精も、文句を言わずにテントに入った所をみれば、やはり相当具合が悪そうだ。
古竜ニールは、近くにいたバッタを追いかけて遊んでいる。俺は、早めの夕食の準備をする為、竜騎士が集めた芝に火をつけるように、ランタンにいる火蜥蜴のサクヤにお願いした。
ピピっと炎の舌を伸ばし、簡単に火をつける火蜥蜴。すると、いつもならすぐにランタンの中に戻る火蜥蜴が、ランタンから顔を覗かせたままこちらを見つめている。
《 ―――。 》
「どうしたサクヤ? 何かあったかい?」
何かを訴えかけているような火蜥蜴に話しかけるが、いつも通訳してくれるおしゃべり妖精はテントの中だ。精霊使いになってから、いつかは精霊たちと話をしたいと思っているのだが、まだ話せるようにはなっていない。こういう時、自分の力の無さを痛感してしまう。
火蜥蜴と見つめ合っていると、ゴソゴソと脇に置いていた麻袋の中から三角帽子の土小鬼が、水筒の中から透き通った波の乙女が顔をだした。
2人もやはり、何かを訴えるかのように俺を見つめている。
《 ―――。 》
《 ―――。 》
「 ―――。 」
いつもは自分たちからアピールする事などない精霊たちが、何かを訴えかけている。わかってあげられない自分がもどかしい……。
やがて、竜騎士が薪になるような木を集め終えて戻ってくると、3人の精霊は、それぞれの宿り場に戻ってしまった。いったい何を訴えたかったのだろうか……。
♢
「ベル殿は、だいぶ具合が悪そうですな……。」
おしゃべり妖精は、食事も取らずに眠っている。
俺と竜騎士は、2人で不寝番する事にして、順番を決める。俺は先に休ませてもらう事になり、草むらにシートを敷いて寝転がった。
見上げれば一面の星空。月も前世の世界と同じように夜空に浮かんでいる。俺の知ってるような星座は見つけられないが、前世でみた星空の何倍もの星が瞬いているので、もしかしたら埋もれてしまっているのかもしれない――。
♢
ふと目覚めて、竜騎士と不寝番を交代した。
まだまだ、夜は更けることなく、星は瞬いている。この世界で目覚めてから色々な事があったが、いつの間にか仲間も増えた。
相変わらず、辛いことも多いのだが、優しい妖精にはいつも助けられてきた。今は、妖精ではなく、一人の女性へと姿を変えたが、変わらずに、俺に寄り添って助けてくれる彼女には感謝しかない。
「……ヒロ。」
ぼ〜っと焚き火を眺めていると、不意にテントから顔を出したベルに声をかけられた。
「ベルさん、身体の具合はどぉ? まだ朝までは時間あるし、もう少し寝てた方が良いよ?」
そう声をかけたが、おしゃべり妖精はのそのそとテントから這い出し、俺の横に座った。
おしゃべり妖精は、そのまま、俺に身体を預けて目を瞑っている。そして静かに話し始めた。
「ねぇ、ヒロ……。お願いがあるの……。」
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