妖精の望み
――ベルは、自分の唇を指でなぞりながら、4人の一番後ろを歩いていた。
新月村での一件は、村中を巻き込んだ大事件となった。古竜の子供を護りながらフーサタウンへと向かう道程の中、竜騎士と村の男衆30人がヒロとその仲間を襲うという事件が起こり、その戦いにおいて、少ない人数のヒロたちが勝利するという結果に終わったのだ。
そして、その事件は、ベルにとっても、とても大きな事件となった。
その戦いの最中、ベルは、風の少女=シルフの助言により、彼女たちの力を借りながら、風を操るスキルを使えるようになれたのだ。これでやっと、愛する少年の役に立つことができる。
そして――
ベルはもう一度、唇に人差し指と中指の2本ので触れてみる……。
思い出すたび、顔が燃えてなくなってしまうのではないかと思うくらい赤くなり――
思い出すたび、溢れる笑顔を我慢できなくてニヤニヤとにやけてしまい――
思い出すたび、幸せな気分が湧き上がって飛び回りたくなってしまう――
ベルは、生まれて初めて、自分の愛する者と唇を重ねたのだ――
それもこれも、謎の薬品たちのおかげである。
何故か自分の身体が大きくなって、愛する少年と肩を並べて歩けるようになったのだから。
いつだって、彼の側に居たはずだけど、人族と妖精族では、種族が違う。身体の造りも、考え方も、全く違うもの同士、お互いに気持ちの部分で依存し合う部分は大きいのに、がっちりと交わらない。
こちらから、いくら愛していると一方的に言ったところで、こちらの本気の気持ちの全てが、そのまましっかりと相手に伝わるとは限らない……。
でも、今は違う。
今、自分の身体は、少年と同じ大きさとなり、羽の落ちた今の自分は、人族とほぼ変わらない存在なのだ。
風の少女=シルフは、力を使う事へのリスクについてもちゃんと教えてくれた……。
ヒロと、その契約している精霊たちの関係と同じで、自分が風の少女たちの力を借りるためには、魔力の譲渡が必要なのだ。
正直なところ、身体こそ大きくはなったものの、自分自身に蓄えられる魔力の量は増えてはいない。
もともと、才能判定の石板にすら反応してもらえない程の魔力量なのだ……。
風の少女たちの力を借りるためには、魔力を喰らわせなければならない。風の少女たちも、力を使うためには、その魔力をつかう必要があるから。
自分自身にある少ない魔力を目一杯使って、ギリギリまで搾り出して、それでも風の少女たちに力を借りるには、ほんのちょっと、いや、かなり足りないのだけど……。
でも、愛する少年と並んで歩けたことは、ベルにとって、これ以上ない幸せ。
一緒に強くなろうって誓ったこと。
一緒に優しい英雄を目指そうって誓ったこと。
この約束を、やっと……、やっと果たせるようになったのだから。いや、やっと、これから動きだせるのだ。
風の少女たちは、あまり無理はするなと言ってくれる。無理をしても、良い事はない、無理をすれば、悪い事だって起きるのだ、と。でも――
「――せっかくヒロと並んで歩けるのに、それが無理しないと出来ない事なら、無理しない選択肢なんて、ありえないじゃないっ!」
ふふっ、と笑って前を歩く白髪白瞳の少年の左腕に勢いよくしがみつく。彼は驚いた顔をしながら、バランスを崩してしまうが、私は、そんな事などお構いなしに、彼と腕を組んで歩く。
(――だって、私はあなたを愛しているのだから……。)
妖精では無くなった少女は、少年と同じ人族として生きていけるのだ。ならば、愛する少年と結ばれる事だってきっと……。
無理矢理絡めた腕を、少年は嫌な顔せず、そのままにしてくれている。彼にとって、私はどこまでの存在になれたのだろうか。
あの時のキスは、どさくさ紛れに勢いでしてしまった……。彼はどう思っているのだろうか。
私と同じように、愛しい思いに身を震わせたりしてくれてないかしら……。
私と同じように、恥ずかしさに顔を赤くさせてくれてないかしら……。
私と同じように、羽もないのに空を飛び回りたくなるくらいの幸せを感じてくれていないかしら……。
そんな事を想いながら、腕にしがみついたままでそっと少年の顔を覗き見る。すると、不意にこちらを見た少年と目があってしまった。
「ベルさん――。」
少年は私の名前だけを呼んで、そのまま困ったように、優しく微笑んだ。
(――なに? その後に続く言葉はなんなの? ヒロ。ねぇ、教えて――)
何故か、以前のように姦しく、彼の周りで話せなくなってしまった少女は、思わず、彼の視線から目をそらしてしまった。頬に熱を帯びるのを感じてしまう。
だって、恥ずかしいじゃない!
大好きよ、ヒロ! 愛してるっ!!
羽のない妖精は、何度だって、心の中で叫び続ける――
すいません、ちょっと変更点があって、30分投稿が遅れてしまいました。何度も書き直してます。
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