忌み子が引き寄せる脅威③
そっと、2人の唇が離れる――
《 シルフよ! 風の護りを! 私たちを弓から護ってっ!! 》
ベルは左手を空に掲げると、俺たち3人の周りを風が周り始めた。
すると、村人たちの放つ弓矢が宙を舞いながら、下に落ちる。シルフ達が風の力で弓矢を防いでくれているのだ。
「ヒロ! 弓矢は防いだわっ! 行って!」
俺はベルを抱き起こして、立たせた。右腕に刺さった弓矢を抜いてあげたいが、抜けば出血が酷くなる。まずは、周りを無力化しなくては……。
「ハルクさん! ベルさんを頼みます。弓はベルさんが防いでくれます。近づく者への対処を!」
俺は、努めて冷静を装うが、口調は荒々しくなってしまった。
「1人で突っ込むつもりか!? 無茶だろ!」
「――どのみち、周りを囲まれている今、無茶をしなくちゃ、どうにもなりません! 俺がやります!」
「やっちゃいなさい! ヒロ! 私たちなら大丈夫よ!」
ベルに力強い言葉をもらい、俺の覚悟は決まった。――全力で行く! 出し惜しみ無しだ!
「いくぞっ!! 精霊たち!!」
♢
周囲にいるのは、俺たちの周りを囲む村人が約30人と、正面にいる下級竜に乗った竜騎士が3人。
ベルさんの唇の感触と、彼女を抱いた暖かさがまだ残っている……。
思わず、俺の口元が緩んだ。
――やるっ!
「――ハニヤスっ! ミズハっ! いつもより深く泥沼を!! 右側に向けて展開っ!!」
土小鬼と波の乙女に指示を出しながら、俺は正面の竜騎士たちに向かって全力で走り出した。
前方の竜騎士たちが一斉に槍を構え、下級竜が短い咆哮をあげる。
「――ハニヤスっ! ミズハっ! 左にも泥沼だっ!」
これで左右の村人の足を止める。バランスを崩させて、少しでもベルさんとハルクさんへの弓の数を減らせれば上々、最低限動きを止める!
後方の村人程度なら、2人の力なら問題ないはず。後ろは任せて、俺は前方にだけ意識を向ける!
「――サクヤっ! 前方に特大の炎の息吹だ!」
竜騎士たちに向けて火蜥蜴が特大の炎を放ち、その後ろに隠れながら、前方へ突貫する。すると、後ろから背中を押すように風が吹いた。風の少女の追い風……俺の走るスピードが上がる!
「――ハニヤスッ! 竜に向けて散弾っ!」
竜騎士がこちらを見ることができない状態での石の散弾。狙いは下級竜。あいつらは俺が全て相手してみせる!石の散弾は弾幕となり、下級竜の目を一瞬閉じさせ、動揺させた。
竜騎士は、下級竜を落ち着かせようと動くが、風の少女の後押しを受けた俺のスピードは、彼らが落ち着く暇を与えない。
突貫!
炎を盾にしながら一気に近寄り、真ん中の竜騎士に魔法剣の渾身の一撃を加えた! その一撃は優しい剣士に教わった基本の型。何度も何度も繰り返し練習した袈裟斬り。防御の為に身体の前に構えた竜騎士の槍ごと両断し、竜人を切り裂いた。
――まだ止まれない!
「ミズハっ! ウォーターボール!」
俺が位置を指差しただけで、波の乙女が水球を飛ばす。今、切りつけた竜騎士と、右側にいた竜騎士の顔に水球が張り付く。
俺が右を向いた隙を見つけた、左側にいた竜騎士は、瞬時に判断して俺の背中に槍を突き立てる――が、俺の【障壁】は破られない!
俺は、今受けた背中への槍の衝撃を利用して、さらに前へと踊りでる。魔法剣にその勢いを乗せたまま、右手側で水球に苦しむ竜騎士の左胸に突きを放つ!
しかし、その突きは下から口を開いた下級竜の噛みつきによって防がれてしまった。大きな竜の口に捕まり、勢いよく動いていた俺の動きが止まる。
――鱗は硬くても、内臓はどうだ!
「サクヤっ! 竜の口の中に思いっきり炎の息吹だっ!!」
俺は、腕の【障壁】を膨らませて、無理やり竜の口をこじ開ける。そこに、ランタンから飛び出した火蜥蜴が、俺の腕に噛みついている口の隙間から炎の息吹を吹きこんだ!
下級竜は想像した通り、火を吐く能力があるわけではないようだ。下級竜は喉を焼く炎に苦しみ悶え、騎乗していた竜騎士を振り落として暴れ始めた。
――つぎっ!
竜に振り落とされ、顔を水球に覆われた竜騎士の腹に、今度こそ魔法剣を突き立てる。振り落とされた衝撃で完全に動きが止まっていた竜騎士は避けることができない。
ドンっ!
剣を突き立てた俺の背中に、真ん中に残された下級竜の振り回した尻尾がぶち当たった。
不意打ちに対処できずに、俺は、大きく吹き飛ばされ、魔法剣を手放してしまった。しかし、俺にダメージはない!
俺の【障壁】が竜の強烈な一撃にも耐えられた事に、一人動ける状態の竜騎士にも動揺が見られた。
――ここで、俺の第3の才能が覚醒する
俺に向けて放たれた村人の無数の弓矢を、俺の見えない力が捕まえる。
【ムービング】
自分から離れた物を操る力。
俺の見えない力は、捕まえた弓矢を残った竜騎士に向けて投げつけた。それは、まさにアローレイン。避ける事のできない弓矢の雨が竜騎士に降り注いだ。
「ハニヤスっ! 俺が飛ばした全部の石の重さを上げられるか!?」
三角帽子を小刻みに動かして、懸命に石の重さを操作する土小鬼。流石に、俺が【ムービング】で飛ばした100を超える石の操作は出来なかったようだが、竜騎士の両脇に展開していた村人達を穿つには、ただの石だけで充分だったようだ。
――ベルさんを傷つけやがって! こいつら全員許さないっ!
気づけば、俺たちを囲んでいるのは、俺たちの後方にいた5人と、下級竜2頭だけ。あと少しで制圧できる!!
怒りに任せて、俺が更なる追撃に移ろうとしたその時だった。
「――ヒロっ! もう充分よっ!!」
「――ピピ〜〜〜っ!!!!!!!」
「――少年っ! もう十分だっ!!」
おしゃべり妖精と大剣使い、そして、背中のリュックに隠れていた古竜の子供までが、声を張り上げて叫んだ――
――!?
叫び声にふと我に戻り、力が抜けて、宙に浮かべた石と、捕まえた弓矢がバラバラと落ちた。かなりの魔力を一気に使った為か、俺の鼻からは血が垂れている。
頭に登っていた血が徐々に下がりはじめ、周りを見回すと、石に穿たれた村人が呻き声をあげながら転がっており、また、竜騎士たちが口から血を溢れさせて倒れている。残った村人も、すでに戦意を無くして立ち尽くしていた。
ぎゅうっ――
放心した俺に、優しい妖精が駆け寄り、抱きついた。そして、優しく俺の頭を撫でる。
「――ヒロ、もう、大丈夫よ。終わったの。」
腕から血を流しながらも、ベルがその綺麗な瞳を細めながら、優しく微笑んでいた――
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