古竜の卵奪還戦③
古竜の卵にヒビが入った――、次の瞬間だった。
『◼️⚫︎▼●◾️▲ッッッッッ!!』
割れた卵の隙間から、音の無い咆哮が放たれた。
それは、鼓膜を震わせ、直接頭に届くかのような竜の咆哮。魂を縮み上がらせる恐怖の咆哮。
まだ、卵の殻を完全には破っていないというのに、竜の子供の放つ力の奔流は、部屋にいる全員の膝を折った。
「――何だ……、これ……。」
声が聞こえたわけではない。その筈なのに、思わず耳を抑えてしまった門番の男は、ヒルコの仮面に突きつけていた長剣をその手から落としてしまった。
先ほどまで、大きな長剣を振り回し、敵を圧倒していた屈強な戦士に膝をつかせてしまうほど、その力は強力だった。
而して、仮面の男はその隙を見逃さなかった。
剣を突きつけられながらも、ずっと前に突き出し続けていた掌から、大量の魔力の糸を周囲に放ったのだ。目には見えないその糸は、周囲にある人、物、区別なく取り憑いて支配する。
自身の魔力で支配に抵抗できた者には効果は無かった。しかし、自我のない物体や、先程まで支配していたローブの男2人がまた動き出す。
そして、その糸の一部は、卵の割れ目に入り込み、古竜の子供にも取り憑いてしまった。
竜の咆哮に怯んだ門番の男の長剣も、狐憑きの男の足元に引き寄せられてしまった。現状、彼は丸腰になっている。
糸を見ることができるはずの妖精も、先ほどの咆哮によるショックで気を失ってしまっている。技師の老人などは言わずもがな、しっかりと白目をむいて倒れていた。
また形勢逆転、今度はこちらが大ピンチか!?
目眩が治らず、フラフラする頭で必死に次の行動を考える。古竜の子供にヒルコの魔糸が取り憑いてしまっているのだ。このまま古竜がヒルコに支配されてしまえば、完全に俺たちの負け――
糸を何とか切らなくては……。力の入らない右手を無理矢理動かし、魔法剣を振りかぶる。
するとその時、また異常が起こった――
卵の中へと繋がっているヒルコの魔糸が炎をあげて燃え始めたのだ。そして、その炎は、魔糸を導線にして仮面の男まで伝わっていく。
ゴ〜っ!!
凄まじいスピードで魔糸を伝わった炎は、そのまま仮面の男を包み込んでいく。ヒルコの仮面へもしっかり炎が伝わり、一瞬で燃え尽きた。
ヒルコの支配の象徴である狐の仮面が燃え落ちて、その下から男の顔が現れる……。炎の奥に見えたその表情は、頬がこけ、目は窪み、窶れ果ててはいたが、おそらく俺よりも歳の若い男であろう。
理不尽にヒルコの仮面に支配され、ナミやナギのように助けてもらえる事も無いままに、ヒルコの手足として使われ続けて来たのだろう……。
(――助けてあげたかった………。)
長い間、自身の魂を吸い取られ、今は炎に全身を包み込まれている。もしも、上手く仮面を取り外してあげることができていたら、誰かの眷属として生きていけたかもしれないのに……。
♢
その炎は、何も残さずに仮面の男を燃やし尽くした――
ヒルコの仮面に取り憑かれ、自分の人生を生きることができず、何処の誰だったのかもわからない……。
そんな彼の悲しい人生に、俺の心はひどく痛みを感じていた。
ヒルコの支配から解放されたことで、操られていたローブの男たちもその場に崩れ落ちている。彼らも、その身を盾に使われ、ボロボロになっていた。そう、彼らも同じくヒルコの悪行の犠牲者なのだ――
♢
竜の咆哮から立ち直った門番の男が長剣を拾い上げ、俺の元に近づいて来た。
「最後はそいつに助けられたな……。」
俺が抱える卵を指差し、門番の男は力なく笑った。
俺は、かなりの量の魔力を古竜に吸い取られたのか、未だに目眩が納まらない。計測でMP9,999を超えると言われた俺の魔力を枯渇させるとは、古竜の卵を孵すのに必要な魔力量とはいかにも凄まじい。
「ぴ〜、ぴぴ〜っ!」
ふと抱えていた卵を見てみると、卵の頭の部分を持ち上げて、小さな竜が顔を出していた。
その姿は、先ほど、皆の心を折るほどの竜の咆哮を放った存在とは思えない、可愛らしい姿であった。
――もしかすると、あの咆哮は、この産まれたばかりの古竜の産声だったのかもしれない……。
「ぴ〜、ぴ〜、ぴぴっぴ〜!」
あれっ? ところで竜ってこんな可愛い鳴き声なの?
エンシェントドラゴン=古竜という、この世界でも有数の強力な力の持ち主である。
そんな、恐ろしい存在であるはずなのに、古竜は元気よく鳴き続け、その姿はすっかり俺から毒気を抜いてしまった。門番の男も同じようで、目の前にどかっと胡座をかいて座っている。
「門番さん、ご助力、ありがとうございました。」
俺の御礼の言葉に、先日の門でのやり取りを思い出したのか、右手で顔を覆ってしまう。
「――戦士のハルクだ。みんな俺の事は大剣使い、剛腕のハルクと呼ぶ。お前もそう呼んでくれ……。」
そう言って大剣使いは、右手を差し出してきた。その大きな手は、あの優しい剣士を思い出させる。
俺たちは、ガッチリと握手を交わした――
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