古竜の卵奪還戦①
「何が、どぉなってるんじゃ!?」
混乱する老人を他所に、ヒルダは現在の状況を説明していく。
「場所は地下一階の通路の一番奥の一室。扉には鍵が掛かっていますが、天井の通気口から侵入して中を確認すると、中にはローブを被った者が5人。ヒルコの仮面は確認できませんでしたが、テーブルに置かれた古竜の卵とみられる物は確認できました。」
要点を抑えた説明はわかりやすい。さすが優秀な秘書さんだ。
「テーブルの卵に向けて、5人が魔力を注ぎ、卵が孵るのを早めているようです。聞こえた話からすると、もう少しで古竜が生まれてしまうかと。」
なるほど、生まれてしまったら、古竜はヒルコに操られてしまうかもしれない。そうなってからでは、大変な事になってしまう。
本来なら、空を飛べる妖精を応援を呼びに行かせたいが、今のベルには無理な話だ。ならば、今できることは限られてくる。
「――わかりました。では、僕が先行して部屋に襲撃をかけます。ベルさん……は、その姿見じゃ、誰もベルさんとわからないだろうから、この部屋に待機してて。ヒルダさんは、グランドマスターに応援の要請を。」
ヒルダは頷くと、すぐに部屋を飛び出していった。
俺は軽く老人に経緯を話す。
「黙っていてすいません。僕の魔力量の測定と同時に、彼女たちが魔術師大学の中で、奪われた古竜の卵を探していました。これから僕は卵を取り戻しに向かいます。ベルさんは、こちらに置いていきますので、よろしくお願いします。」
頭を下げ、俺も部屋を飛び出した。
「ちょっと、私も行くってば!」
残された老人と大きくなった妖精は、お互いの顔を見合ってため息をつく。
「いったい、何が起きてるんじゃ……?」
「せっかくヒロと同じ大きさになれたのに……。」
2人は全く噛み合っていなかった……。
♢
俺は真っ直ぐに目的の地下室を目指す。リュックと魔法剣はしっかりと持ってきた。俺は、精霊たちに、いつでも力の行使ができるように待機させた。
地下室の一番奥まで辿り着き、ドアノブに静かに手をかけると、ヒルダの情報通り、やはり鍵がかかっているようだ。
俺は火蜥蜴のサクヤに炎の舌で、ドアノブの周りを円を書くように焼き切らせる。ガスバーナーを使っているイメージだ。
ゴロりと落ちそうになるドアノブを、床に落ちないように支えながら床に置いた。
開いたドアの隙間から、部屋の中を覗いてみる。
部屋の中には、フードを被った5人の男たちが、古竜の卵へと魔力を注ぐことに夢中になっていて、幸いなことに、ドアが開いた事にはまだ、気づいてはいないようだ。
ならば、相手の不意をついて襲撃するのが上策だろう。さて、どうやれば、うまく相手を無力化できるか……。
天井には通気口がある為、火を焚いて酸素濃度を下げても意味は無いだろうし、石礫は手持ちの石が麻袋の中にある分だけなので、戦闘用に取っておきたい。
ならば………、
「ミズハ! あの5人の顔にウォーターボールを! 呼吸を止めて気を失わせてっっ!」
突然響いた俺の声に驚いたローブの男たちが、一斉にこちらを向いた。波の乙女ミズハが、そのタイミングに合わせ、男たちの顔に向かってウォーターボールを張り付かせる。
俺もミズハのウォーターボールのタイミングに合わせて、反発の【障壁】を掌に展開する。
初撃で一番手前にいたローブの男を突き飛ばすと、テーブルの上にある古竜の卵が見えた。
残りの4人のうち、2人の男の顔にはウォーターボールが取り憑いている。自由に動けるのはあと2人――
正面にいる男は、ウォーターボールを避ける弾みでローブから狐の仮面が露わになった。コイツが、ヒルコの分身体か!
俺は、ヒルコの仮面を壊してやろうと、土小鬼のハニヤスに分身体の顔へ向けて散弾を指示した。
「ハニヤス! 仮面の男に向けて散弾! 」
俺の投げた石が、ハニヤスの能力によって見事に砕かれて、正面の仮面の男に降り注ごうと迫る。
しかし、その前にウォーターボールで顔を覆われている男2人がが両手を広げて立ちはだかり、全ての散弾をその身に受けて仮面の男を守ってしまった。
「――こいつらも、ヒルコの魔法糸に操られているのか!?」
まずい、俺には糸は見えない。レッチェの時はおしゃべり妖精の指示のお陰で糸を切れたのだ。
動く人形のようになっている相手を無力化するのは、無理っぼい……。
ならば、――逃げるが勝ちだ!
俺は目の前にある古竜の卵に手を伸ばす。
しかし、そこにウォーターボールを躱したもう一人の男が、ナイフを振り下ろしてきた。
「――そんなもの!!」
俺は自分の【障壁】を信じて、そのまま古竜の卵を掴もうと手を伸ばした。
男のナイフは、俺の手を傷つける事はなかったが、そのナイフによる衝撃は、俺の伸び切った腕を力任せに折り曲げてしまう。卵に手が届いたと思ったが、辛うじて防がれてしまった。
(――しまった!【障壁】で腕を支えればよかった!)
自分の瞬間の判断の悪さを後悔するも、反省している時間はない。次の手を繰り出すことに注力する。
「――腕でダメなら、身体ごとだっ!」
俺は、テーブルに無理矢理つかされた右手を支えに、一気に身体を飛び上がらせた。そして、そのまま身体ごと卵に覆い被さる。
こうなったら、久しぶりに完全防御の亀のポーズで応援が来るまで粘り続けてやるっ!!
古竜の卵を小脇に抱えて、テーブルから飛び降り、そのまま完全防御体制に移行だっ! おしゃべり妖精を守りきったあの時のように、絶対に古竜の卵を守り切る!
次々と背中にナイフが突き立てられる衝撃が伝わってくる。ウォーターボールを顔に貼り付けられたままで、すべての男達が攻撃に参加し始めたようだ。
これだけの攻撃を浴びせてきているのに、彼らは一言も発さずに動き続けている。ヒルコの分身に操られている者達は呼吸すらも関係ないようだ。
やはり、ヒルコの仮面の男以外は、すでに死人だという事だろうか……。
全身に固く、強く、【障壁】を張って耐える。
俺の魔力総量はMP9,999超えだっ!
いつまでだって耐えてみせるさ!
「おぉぉぉぉっっっ!!!」
突然、亀のポーズで耐えている俺の背中に、気合いの入った声が響く。
ドゴンっ!!
俺にナイフを突き立て続けていたローブの男が一人、思い切り吹き飛ばされた。
(援軍か!? それにしては早い?)
卵を抱えたまま、少しだけ顔を上げて、背中側に視線を送ると、そこにいたのは、大きな長剣を振りかぶっている、あの門番の男であった――
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