卵の行方
翌朝、俺たちは、再び3人で魔術師大学を訪れた。今回もベルにはリュックに隠れてもらっている。おしゃべり妖精は目立つので、なるべく姿を見せない方がよいとのヒルダの判断だった。
魔術師大学の門へと辿り着くと、いつもの門番が俺たちを迎えた。昨日までと違い、居眠りなどはしていない。地面に突き立てた長剣を右手で支え、背中も心なしかピンと伸びている気がする。酒の匂いも漂わせてはいないようだ。
「……ヒルダさん。おはようございます……。昨日は大変失礼いたしました。」
門番は、しっかりと腰を45度に曲げ、ヒルダに頭を下げる。昨日のだらし無い態度ではない。
「……あと……、お手紙読ませていただきました。ありがとうございました。師匠にもハルクが礼を言っていたとお伝えください。」
顔を上げた門番が、今度は俺の方へと向き直り、じっと俺の顔を見つめた後、無言で頭を下げた。昨日の非礼を詫びたと言う事だろうか。俺たちが潜戸を抜け、魔術師大学の中に入り、姿が見えなくなるまで頭を上げることはなかった――
♢
「おぉ、やっと来たか! 待っておったぞ!」
魔術師大学の受付に向かうと、すでに魔力総量計測機の管理者が待ち構えていた。昨日案内してくれた受付の女性も、苦笑いで頭を下げる。
「さぁ、早く行くぞ! もう、こちらの準備は万端じゃからな!」
もう待ちきれないと言った様子で、俺の手を引く老人の声は、嬉々として弾んでいる。なんとなく、昨日より若返って見える……気がする。やはり、人は好きな事をやっている時が、一番輝いて見えるということであろう。まぁ、かなりの高齢の爺さんなんだけどね。
「失礼しますね!」
俺は手を引かれながら、軽く受付の女性に頭を下げる。彼女は苦笑いを続けながら、どうぞと手を差し出した。こういった事にも慣れているようだ。
「――さあ、お前さんには聞きたい事が山程あるんじゃ! 早速いいかの?」
俺が椅子にリュックを置くや否や、無理矢理テーブルに座らせられた。すでに両手にはメモ帳と鉛筆を持っている。これは、相当入れ込んでるな。覚悟を決めて質問に答えるか。
俺が覚悟を決めている間に、おしゃべり妖精と蜘蛛人族の探索組は、そぉっと部屋を出て行く。おしゃべり妖精は、余裕があるのか、今日もウインクしながら出て行った。そんな余裕をかまさなくていいから、しっかりと気をつけて探索して欲しいのだけど……。
♢
ヒルダは、その8本の脚を使って、天井を逆さまに歩いている。その姿は、着ている黒い衣装も相まって、すっかりと闇に溶けこんでいる。
ヒルダが探索しているこの場所は、魔法大学の地下1階。危険な実験をする為の部屋が続いている。その壁は厚みが感じられ、無機質で冷たい印象。光の差し込まないその廊下には、魔力の込められたランプが等間隔に取り付けられており、さながらダンジョンの通路のように見える。
雰囲気のある廊下を調べながら、緊張感を持って眺めていると、どの部屋も怪しく見えてくる……。 しかし、そんな思いを抱きながらも、ヒルダは一つ一つ確実に各部屋を調べていく。彼女は、今までも、グランドマスターの為に、こういった仕事を何度もこなしてきているのだから……。
すると、一番奥の部屋にだけ人の気配がある事に気づいた。扉には鍵がかかっている。ドアから侵入できないのなら、天井か、それとも……。
ここには何かがある。そう確信したヒルダは、闇の中に溶け込むように消えていった――
♢
『――な〜んもないわね〜、やっぱり地下に行けば良かったかしら。』
おしゃべり妖精は、ヒルダとは逆に、建物の二階、三階と調べて歩いていた。
しかし、どの部屋を覗いても、研究に夢中な学者ばかり。とても、古竜の卵を隠しているように見える人物はいない。隠すどころか、ドアすら閉まっていない部屋ばかりなのだ。
ふらふらと、とうとう四階まで来てしまった。ここは最上階。この階に卵が無ければ、上の階はハズレだという事になる。
正直、おしゃべり妖精は、普通に通路を飛び周りながら部屋を調べている。すでに緊張感が無くなっているのだ。この魔法大学にいる者達は、皆、例外なく自分の研究に夢中で、いつも珍しいと追いかけられている妖精の姿を見ても、あまり反応が無かったのだ。
そをんなこんなで、緊張感の欠片も無いまま、一つ一つ、順番に調べていくと、3番目の部屋に鍵がかかっている。
――ここは絶対に怪しいっ!
おしゃべり妖精は嬉々としてこの部屋に入れる箇所を探し始めた。ドアは全く開く様子はない。通路側の壁には窓も無いし、通気口も無い……。
外に回って、窓を割ってしまうかと考えていると、なんと、ドアの下に隙間があるのを見つけた。ここからなら、なんとか中に入れるかも!
おしゃべり妖精は、床にへばりつくようにして、ドアの下の隙間に頭をねじ込んだ。ギリギリ頭が入る。これなら行ける!
おしゃべり妖精は、無理矢理隙間に身体をねじ込み、部屋の中へと消えていった――