門番の男
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魔術師大学へ到着する前に、おしゃべり妖精にはリュックの中に移ってもらった。
今回の魔術師大学内の探索において、おしゃべり妖精には、ヒルダと一緒に隠密裡に行動してもらうことになっている。俺がのんびりと魔力総量を測っている間に、二人で魔術師大学内を調べる手筈だ。
蜘蛛人族という種族は、小柄な身体と蜘蛛としての能力から、こういった隠密の捜査に向いているそうだ。小柄な妖精も、空を飛べる有利性から今回の役割に選ばれたのだが、正直、危険な役割を任せるのは反対だった。だが、本人がヤル気満々で、止めても聞く耳を持たない為、渋々承諾した形だった。
「絶対、危険な行動は取らない事。いいね。危ないと思ったら、すぐに戻るんだよ。」
『わかってるって! 任せておきなさい!』
とても……、とても不安である……。
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魔術師大学の門までくると、俺を追い払った門番が、また長剣を杖にして、居眠りをしていた。
「ハルク、起きなさい! 起きてちゃんと仕事をしなさい!」
ヒルダが大声で呼びかけながら、足で長剣を払うと、門番は受け身もとれずに派手に転んだ。
「――ヒ、ヒルダさん!? なんでこんな所に!?」
目の前に仁王立ちする美人秘書の姿に、門番はかなり驚いている。地面に転がりながら、目を白黒させていた。
「なんでこんな所にですって? 紹介状があるにも関わらず、こちらのヒロさんを追い返したそうじゃないですか。与えられた役割もまともに果さないで、いったい、あなたは何をしているんですか!」
元々無表情な機械人形=ゴーレムの顔が、ヒルダのクールな雰囲気も相まって、ますます無表情に見える。そんな彼女に怒られれば、相当に萎縮してしまうだろう。知り合いならば、尚更だ。
「こちらはグランドマスターからの紹介状です。あわせて私も同行いたします。これでも、こちらのヒロさんに魔力総量計を使わせないなら、直接、グランドマスターを連れて参りますが?」
「――!? イヤイヤ、ヒルダさん、勘弁してください! いまさら師匠に会ったりしたら、どんな目にあわされるか……。」
ギルからの紹介状をまともに見ないうちに、門番は、俺達を無理矢理潜戸を通らせようと背中を押し始めた。よほどギルが怖いとみえる。ていうか、ギルを師匠と呼ぶあたり、ヒルダとも知った仲なのだろう。
「グランドマスターから、あなた宛の手紙も預かってます。後でちゃんと読みなさい。」
相手に反論を許さぬ勢いで、ギルからの手紙を渡したヒルダは、門番の男を置き去りにして、さっさと潜戸を潜っていく。
振り返って見ると、門番の男は、剣を落とし、渡された手紙を両手で掴んだまま呆然としている。グランドマスターと門番に、どんな因縁があるのか。俺が首を突っ込むつもりはないが、少し気になってしまった。
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建物の中に入り、受付に魔力量測定の申し込みをすると、なんの抵抗もなく受付してくれた。という事は、ただ門番の気まぐれで追い返された事になる。ほんと、腹立たしい。
「測定機はこちらにあります。ご案内しますね。」
受付の女性が俺たちを案内してくれるようだ。そこで、先ずはおしゃべり妖精が、リュックから飛び出す。怪しい部屋を見つけたら、すぐに戻って俺に知らせる予定になっている。一抹の不安は残るのだが、絶対に独断行動しないと約束させての行動だ。
おしゃべり妖精は、俺に向かってウインクして飛んでいった。頼むから危ないことはしないでくれ。
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「こちらが、測定室です。中に係員がいますので、あとは係員にお尋ねください。それでは。」
魔力量測定機のある部屋に案内され、中に入ると1人の老人が待っていた。
「魔力総量の測定とは、珍しいのう。ワシはこの測定機の技師で、シリウムという。よろしくの。」
シリウムは、脇にある椅子から動きもせずに名乗った。まぁ、研究者という輩は、礼儀とかそういうものに無頓着なのかも。でも、時間を稼がなくてはならない俺たちにとっては、やりやすい相手かもしれない。
ヒルダは、ある程度離れた距離でも機械人形=ゴーレムを操る事ができるそうなので、部屋に入るやいなや、隅の椅子に座り、こちらの様子をうかがう体でさっさと本体のみで部屋を抜け出した。しっかりと、背中が空いた服を来ている為、壁際でハッチを隠して上手く抜け出したようだ。
「よろしくお願いします。どうやら、僕の魔力総量はかなり多いようなので、実際の数値がわかるのは楽しみです。」
俺は、時間を稼ぐ必要がある為、シリウムと話しをする事にしていた。あれだけ人が怖かった俺が、こうやって世間話をしようというのは、かなりの進歩なのではないかと、俺自身が思う。
「ほぉ〜、余程自信があるとみえるな。だが、実際に測ってみてガッカリするなよ。自分で魔力総量が多いと言っておきながら、大したことない奴が多いからの。」
何やら俺の言葉に対して、挑戦的な反応である。これは、時間稼ぎも上手く行きそうだ。