神々のいじめ④
♢
『――ただな……。ウカ様はこのままで良いって言っていたがよ。俺たち使徒としては、ちゃんとウカ様の意識だけは取り戻してやりたいのさ。』
「……どういう事ですか?」
『――ウカ様は、ヒルコの野郎に取り憑かれているんだ。あのカオススライムに……。』
ヒルコ……。ナミとナギが使徒の眷属に成らざるを得ない理由を作り、ナナシ=アリウムの両親を殺害し、ケイン、ユウ、パーンの死の原因にもなった存在。あまりにも俺との関わりが深くなりすぎている。
「ヒルコはあなた方と同じ使徒なのでしょう? どうして女神様に取り憑いたりしてるんですか?」
『あいつはなぁ……。スライムという種族の特性上、身体も不定形。見た目も在り方も、まわりと全く違う存在。だから、あいつはいつも一人だったんだ。まぁ、俺もあいつを馬鹿にしたりしちまったから、あいつは俺のことを嫌っていたかもしんねぇな……。
そんなあいつをウカ様は自分の使徒として受け入れた。種族というものがなく、いつでも1人だったあいつに、役割を与え、家族のように扱ったんだ。あいつは喜んでたよ。自分に家族が出来たって……。
なのに、あいつは裏切ったんだ――。
太陽神に騙されて……。騙されて、ウカ様の身体の核に取り憑きやがったんだよ。ダンジョン=ヘルツプロイベーレにあるのはウカ様の心臓。ウカ様の意識が一番宿っている核だ。
形の無いあいつが、ウカ様の意識を乗っ取り、ウカ様の姿に成り変わって、悪事を働くことにより、ますますウカ様の評判を落とす……。そんな役割をさせられてるんだよ。
しかも、あいつは今、正気を失っている。長いこと神に取り憑いているんだ。リスクも大きいのだろう。元々の太陽神の命令なのか、他の核にも取り憑こうとしている。
それが、この間のヒルコの仮面による襲撃の真相なんだよ……。』
誰もが無言で氷狼の話に聞き入っている。知らない事が多すぎて、混乱しているのかもしれない。皆、深刻な表情で考えこんでいた。
『なによっ! まったく辛気臭いわねっ! さっさとそのスライム野郎をウカ様から引っぺがして、ウカ様を復活させてあげればいいだけじゃない! ヒロ、私たちでやってあげるわよ。いいわね!』
「「――!?」」
暗い雰囲気を一気に突き破る、元気で明るい声が響いた。
『――がっははっ! ちげぇねえ! 同胞の言う通りだ。 ヒルコの野郎を引っぺがしちまえばいいんだ! そうだよなっ!』
空気を読まないおしゃべり妖精の宣言に、氷狼が大声で笑い出した。重い空気が一気に軽くなる。
『――調子に乗って話し過ぎちまったが、俺から頼みたい事ってのはそういう事なんだ。
俺たち使徒は、呪いのため、それぞれの縄張りから離れられない。ウカ様を護り続ける事を許してもらう代わりに、太陽神以外の主神から制約を受けちまったんだ。
そのおかげで、俺たちもヒルコに直接手を出せないし、ヒルコもこちらに直接手を出せないわけだ。
そこで、ジヌの息子。お前にウカ様の事を頼みたい。俺たち使徒の眷属の両親の下に生まれ、また、使徒の眷属を仲間に持つ者が現れるなんて、太古の時代にウカ様が封印されて以来、初めての事なんだ。
もちろん、お前には拒否する権利がある。だが、無理を承知で頼みたい。ウカ様を助けてやってくれ。』
氷狼は、ソファーから立ち上がり、長身の身体を深く折り曲げ、俺たちに向かって深く頭を下げた。
後ろに立っていた、ギルドマスターのサムも一緒に頭を下げている。
『ヒロが断るわけないでしょ! ヒロは英雄になる男よっ! 任せなさいっ!』
悩む暇も与えてくれずに、おしゃべり妖精が返事をしてしまった。俺は苦笑いを浮かべて応える。
「ベルさんにここまで言われて、断るわけにもいきませんね。ベルさんの言う通り、僕は英雄を目指します。可哀想ないじめられっ子の女神様を助けてみせます!」
……まぁ、俺もいじめられっ子なんだけど。そうなんだからこそ、俺が助けなくちゃいけない気がした。こうなったら、もっと強くならないとな。
「でも、僕はいいけど、他のみんなはどうする? とても危険な冒険になりそうだし、しっかり考えて――、」
「「 君を1人にはしないよ! 」」
年長組の3人が揃って声をあげる。ライトも、ソーンも、アメワも、覚悟の決まった顔でこちらを見ていた。
「君は道に迷っていた僕を明るい場所に連れ出してくれた。そのおかげで、目標だった真実の歴史を知ることができたんだ。今度は僕がその恩を返す番だからね。――まぁ、また正道とは違う道を進むことになりそうだけど。」
ライトは、皮肉を笑いに変えて、無理やり俺の手をとり、力強く握手をする。
「盲目的に、与えられた教えだけに囚われていた私に、色々な価値観を与えてくれたのはあなたよ、ヒロ君。あなたを悲しませた私を許してくれた事も、私の心を救ってくれたわ。――まぁ、私も信仰の道から逸れて進むことになりそうだけどね。」
ソーンが、ライトから俺の右手を奪い、強引に握手をする。
「私とカヒコは、君を裏切った挙句、あんなに悲しい思いをさせてしまった……。それでも私たちをもう一度仲間と呼んでくれて、村も救ってくれた。――まぁ、フェンリルさんのお願いを聞くのは癪だけどね。」
続けて、アメワがソーンから俺の右手を譲り受けて、優しく握手した。
「私だって、ヒロ兄に助けてもらったし、絶対一緒に行くしっ!」
「あ〜、ズルい! 私が言おうと思ってたのに!」
ナギの言葉に、いつも一歩出遅れるナミが嘆く。そして2人に手を取られた。
『私一人でも大丈夫なのにね〜! まぁ、しょうがないからリーダーとして、みんなまとめて面倒みてあげるわっ!』
鈴のような羽の音を響かせて、部屋の中を飛び回る妖精の言葉に、ギルドマスターの部屋は笑いに包まれていた――