神々のいじめ③
♢
『――なぁ、太陽神の神官。太陽神の司るものはなんだ?』
氷狼が唐突にソーンに質問した。
「太陽の役割は、大地の豊穣。人々の繁栄を司る女神です。」
『そうだな。じゃあ、最初に家畜や穀物などを、簡単に手に入れられるように世界の仕組みを変え、人族を救おうとしたのは誰だと思う?』
「――それは……。」
『――そうだ。お前の想像通り、最初に人族を救う為の仕組みを作ったのは太陽神テラなんだよ。』
「………。」
いまいち話の意図が読めず、その場にいる誰もが黙りこむ中、俺はとても嫌な想像をしてしまった。――神だぞ……。世の中の理を司る神がそんなことするだろうか。俺は、自分の想像が、間違いであることを祈りながら、氷狼の話の続きを待った。
『太陽神テラは豊穣を司る。そこで、さっき話した仕組みを作った訳だ。そして、最初こそ、自分の作った仕組みのおかげで世の中が良くなったと皆から崇められたが、徐々に世界が停滞していくにつれて、逆に批判されるようになってしまった。
しかも、ウカ様が、その停滞を指摘し、あまつさえ新しい仕組みを作って世界を停滞から救ってしまった。その事実に、太陽神は忸怩たる思いを抱いてしまったのだ。
そして、その思いは、ウカ様への嫉妬、憎悪という形に変わっていく。都合の良いことに、太陽神は豊穣のすべてを統べる神。所謂、ウカ様の上司、お偉いさんってやつだったんだよ。
太陽神は、周りの神々にありもしない悪い噂を信じさせ、あっという間に部下であるウカ様を悪しき神に仕立て上げてしまったんだ。
弱い立場のウカ様に弁解のチャンスなどなかった。身に覚えのない罪を次々と被せられ、その償いとして、ダンジョンに封じ込められ、魔石を生み出す為の核にされてしまったのだ――』
――なんだそれは!? こんなの、上司が部下の功績に嫉妬して、理不尽にいじめていただけじゃないか!?
俺は、さっき想像した事が当たってしまった事に絶句した。まさか、神と呼ばれる存在ですらも、くだらない理由で、同じ神をいじめるなんて……。
『そうして、ウカ様の作り上げた仕組みは、上司であった太陽神が作り上げたものとして伝えられるようになり、ウカ様は悪なる神として伝えられるようになったのさ。
お前たちが知っている常識ってやつは、こうやって、ウカ様を悪なる神に仕立て上げた太陽神テラが、自分に都合よく作り上げた歴史なんだよ。
俺たち使徒は、ウカ様のおかげで立ち直れた種族の王だ。かの女神の考えに賛同して手伝いをしていた仲間だった。だから、こんなにも可哀想な目に合わされたウカ様の核を守りながら、理不尽な封印から解放されるのを待ち続けているのだ――』
「「……………。」」
その場にいる誰もが口を一文字に結び、言葉を発しなかった。それはそうだろう。この世界の常識が、神の嫉妬に端を発した、いじめの産物であるなどと、誰が簡単に信じられるというのだ。
だがしかし、覚悟を決めてこの場に挑んだ者は反論はしない。むしろ、氷狼の話す、その正しい歴史を理解しようと努力していた。
「それは……、本当の話……、なのですね。」
物心つく前から太陽神の教義を教え込まれてきたソーンは、絞り出すように声を出した。
『あぁ……。信じられないかもしれないが、これが正しい歴史ってやつさ……。』
♢
無言の時間がしばらく続いた。
誰もが、自分の常識とは全く違う歴史を理解する為の時間を必要としたのだ。
「その……。そのウカ様を助けて上げることはできないのですか?」
沈黙を破り、そう話し始めたのは、氷狼の眷属となった少女、ナミであった。遠慮がちに、でもしっかりと氷狼へと問いかける。彼女の優しさが、みんなが気づかなかった点を気づかせたのだろう。
『……助ける方法はある。だが、ウカ様はそれを望んでいない……。』
「……どういうこと……、ですか?」
『……ウカ様は、自分がどのように呼ばれていようと、自分の魔力が人々の役に立てるのならば、それでいいと……。
だから、俺たち使徒は、ウカ様の身体を守り続けている。あの優しい女神の名誉を挽回し、その聖なる身体の復活を目指して。』
いじめられて、自分の功績も奪われて、挙げ句の果てにこの世の諸悪の根源にまで貶められて……。
それでも今世の人々のために我が身を削る?
そんなこと、それこそ神の御業――
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「あなた自身は人に悪意をむけないで。優しいあなたが私は一番好きよ。」
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ああ、そうか。この女神は、他を恨むよりも、他を愛する事を優先したのか。
きっと、本当に優しい女神なんだろうな――
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