焦りと願い④
朝の日課を終えて、5人で朝食を食べる。
食事の当番は輪番制にしようと話しあったのだが、いつもソーンが作ってくれていた。
「実は私、料理するの好きななよね〜。」
長い付き合いの魔術師も知らなかったという、我がパーティーの聖職者様の趣味のおかげで、毎日、美味しいご飯を食べることが出来ている。こんな幸せな食卓、最高でしょ。
「ソーン、料理苦手じゃなかったかな? 【アイリス】のみんなといた時は、全く料理なんか出来なかったような……。」
魔術師の呟きに、ソーンの拳骨が飛ぶ。
「……黙ってなさい。この偏屈学者が。」
驚いて固まる魔術師を他所に、テーブルの食器を手際よく片付けていく。「私も手伝う。」と、ナギも一緒に食器を洗い始めた。
頑愚な聖職者であったソーンだが、この家で一緒に暮らすようになってから、とても表情が柔らかくなった。以前から凛として美しいと思っていたけど、今ではそこに、優しさが加わって、益々魅力的な女性になった気がしている。
俺はそんなソーンに憧れる一方で、ライトとソーンが結ばれたりしないかな、なんて思っている。落ち着いた2人のやりとりが、側から見ていてとても心地良いのだ。
まぁ、当の本人たちには、そんな素ぶり全くないのだけれど――
♢
ソーンは、家族と別れ、教会に仕えるようになってからというもの、家事というものをやることはなかった。やれない訳ではない。やる必要がなかったのだ。教会には下男下女が居て、教会内の掃除から、聖職者の日常の世話までやってくれたのだ。
聖職者の本懐は、善なる神々の信仰を広め、悪なる神を封印することである。そう、教えられ、それ以外の事は必要とされなかった………。
そんな自分が、この家で暮らすようになってから、率先して家事をこなすようになった。初めは、自分の一方的な、いや、凝り固まっていたといえる考えのせいで、苦しみを与えてしまった少年への贖罪の気持ちからだったのだと思う。しかし、こうやって家族とも呼べる同居人たちと過ごす日々は、他に価値観を持たなかった自分に、新しい喜びを与えてくれた。
――これが家族。なんと心地良い関係者だろうか。
ソーンは、太陽神に仕える聖職者である。他人に幸せを説くべき役回りではある。だが、神の教えを教えられたまま、本物の幸せを自らが感じずして、他人に幸せを説くことなどできないと思えた。
だからこそ、迷っていた自分を連れ出してくれて、この幸せな時間を与えてくれた少年の為に、また、その家族の為に、自分のできる事をやってあげたいのだ――
♢
ライトは朝食の片付けをするソーンを見て、あれだけ聖職者としての職務に固執し、他の事に興味のなかった彼女が、みんなの為に家事をする姿に感心していた。
「ソーン、料理苦手じゃなかったかな? 【アイリス】のみんなといた時は、全く料理なんか出来なかったような……。」
ふと漏らした言葉に反応した彼女からは拳骨が飛んできた。ついさっきのやりとりである。実際のところ、彼女が家事をする事など、以前は全くなかったはずだ。
だいたいにして、他人にあまり興味のない部類の人間のはずだったのだ。自分自身がそうだったから、よくわかる。
何が彼女を変えたのだろうか――
この不思議な家族のような関係がそうさせているのだろうか。確かに、この家は居心地が良い。自分自身も以前のような焦りが無くなっているように感じている。
この関係の始まりは、論文が認めてもらえず、なんとか認めてもらいたいと気持ちばかり焦ってしまい、周りの言葉も受け入れる事ができなくなっていた時だった。ソーンが連れて来た少年が歴史の当事者である使徒に会わせてくれた事で、それまで考えても推論でしかなかった答えに一歩に近づくことができたのだ。
しかも、本来なら、自分が求める真実の歴史の答えが、目の前にチラついている状態であれば、焦りを生んでイライラしそうなものだが、何故か今に至るまで落ちついて研究に集中できている。
それは、自分を連れ出してくれた少年が、彼自信の不幸な人生にも負けず、他人を助けようとし、また、彼に悲しい思いをさせた当事者である自分のことすらも許し、信頼してくれたからだと思えた。
以前にパーティーを組んでいたケインも、自分を友人として認めてくれて、信頼してくれていた。それはかなり良い関係を築けていたと思う。だが、少年たちは家族として自分を受け入れてくれていて、何か今までに感じた事のない安心感があるのだ。
繰り返すが、ソーンも自分も、元々他人に興味がないタイプの人間だった。そうは思うのだが、今は少年や少年が助けた少女を愛しく思っているのだ。これはもの凄い変化だ。
これを研究の対象にすることはないが、我ながら興味深い変化だと思う。願う事なら、この家族とも言えるこの関係を、すぐ側で、このまま見守り続けて行きたいものである――