帰り道
しばらくの間、広場でぼ〜っとしていると、マントのフードを後ろに降ろし、心配そうな顔を見せている少女たちから声がかけられた。
「ヒロ兄? 大丈夫?」
「ヒロ兄? 帰ろ?」
2人の声に引き戻されて、俺の頭もやっと動きだす。不思議とこういう時は、いつもは一番賑やかなおしゃべり妖精は騒がない。俺の肩に座って、静かに頭を撫でてくれているだけだ。これが、とても心を落ち着けてくれるんだ。
「あぁ、帰ろうか。」
2人の少女もマントのフードを被り直し、街へ来た時の道を逆方向へと歩き始める。三日月村への帰り道は、しばらく静かに歩き続けた……。
♢
歩きながら、俺はハーフドワーフのマレットから渡された、赤い魔晶を見つめていた。
魔晶とは、ダンジョンの魔物を倒した際に残される魔石を加工したもので、魔術の媒体にしたり、魔力を貯めておけたりと、様々な用途がある。元にする魔石によって様々な色合があり、宝石のようにして観賞用にする事もある。
貰った魔晶は、元は角のある無骨な魔石のはずなのだが、磨かれて綺麗な楕円形になっている。丁寧に磨かれたのであろう、除けば向こうが透けて見える。
きっと、職人になる為に、相当な努力を続けてきたのだろう。
俺が孤児院を飛び出してから、約4年が経った。
俺も今は、C級冒険者として認められ、それなりに冒険者としての実績を積み上げてきたつもりだけど、彼もまた、同じ時間、魔石職人として一人前になる為に、コツコツと修行を続けていたんだなと、感慨に耽る。
彼にいじめられたという記憶は消えないが、彼が努力し、変わろうとした、いや、実際に変わったであろう事は、きっと認められるべきなのであろう。
ならば、俺が全部乗り越えて、いじめられた過去を笑い飛ばせるようになれば、彼も救われるのだろうか。さっきは、彼の言葉にほとんど反応できなかったが、これが彼の心の小さな棘として残って欲しいと思ってしまうのは、俺の意地の悪さなのだろうか。
例え、彼の反省が、自らもいじめられた事によって気付いたのだとしても、いじめられた相手の身になって考える事が出来るようになったのならば、それは必ず、職人としても、人間としても、大きな成長なのだろうけれど……。
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「あなた自身は人に悪意をむけないで。優しいあなたが私は一番好きよ。」
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この言葉を何度も何度も心の中で、復唱する。
また、いつかのように、深い心の泥沼に落ちていかないように……。
♢
「ヒロ兄、その魔晶綺麗ね。」
ナギが目をキラキラさせて、魔晶を覗きこんできた。それにつられたのか、ナミも一緒になって騒ぎだす。
「私も結婚する時には、こんな綺麗な宝石でプロポーズされたいな〜。」
「いいな〜、私もそうされたい!」
結婚!? 君たち、まだ13歳でしょ?
突然のプロポーズされたい宣言に、自らのネガティブな感情の泥沼にハマりかけていた俺は、一気に思考を戻された。
ある意味、何度でも、俺を引き戻してくれる仲間に感謝だな。
でも、この少女たちが、眷属化という自らの境遇を乗り越えて、素晴らしい伴侶を見つけてくれるなら、それはとても嬉しい事だと思う。アリウムの両親がそうであったように、2人が、彼女たちの境遇ごとまとめて愛してくれる男性を見つけてくれればと、切に想う――
「そうだな〜。そんな相手ができたなら、俺からもお祝いに魔晶をプレゼントしてあげるよ。ナミなら、青い魔晶、ナギなら、これみたいな赤い魔晶がいいかな。」
まるで2人の保護者になったような気分でお祝いの話をしたら、2人とも何故か怒って、離れて歩き始めた。
「「 ヒロ兄のバカ……。 」」
離れた所から、何故か2人に罵倒された?
その後、村に着くまで口を聞いてもらえないまま歩く事になり、おしゃべり妖精も胸ポケットで眠ったままの為、2時間の帰り道は、来るときと全然違う雰囲気での帰り道となってしまった。
♢
「「 ただいま! 」」
夕方、大きな声が、俺たちの家に響いた。
中では、2人の年長組が、夕食を準備している。アメワは既に自分の家に帰ったようだ。ナミを自宅に送り届けてからの帰宅となったので、今、この家にいるのは、歴史学者、聖職者、おしゃべり妖精、精霊使い、そして新たにクラスに就いたレンジャーの5人となる。
「「 おかえりなさい。 」」
夕食のシチューが入った皿を運びながら返される、おかえりの返事に安心する。前世にもあった、幸せな空間がそこにあった――
♢