連鎖の行方
♢
俺たちは、冒険者ギルド前の公園まで戻ってきた。ナミとナギの2人には、水飲み場で少し待ってもらっている。ベルはポケットで眠ったままだ。
「久しぶりだね。よく僕の事を覚えていたね。」
意識して、俺をいじめていた事と、彼がいじめられていた事についての話題を避けながら話しかけた。
「あ、あのナナシさん……。」
「今は、ヒロと名乗っているんだ。それに、確かマレットは僕より年上だったろ? さん付けでなんて呼ばなくてよいよ。」
改めて名前を名乗り、ハーフドワーフの少年の話を待った。わざわざ、俺の姿を見つけて追いかけて来たのだ。何かしら、用事があるのかもしれない。
「……ナナシ……、じゃない、ヒロ……。あの……あのな!」
覚悟が決まったのか、俺を正面に見据えて頭をさげる。
「ヒロ……、孤児院での事はすまなかった。俺は、いつもみんなから魔物の子供とか言われているお前が、自分よりも弱くて、情けない奴だからと思って、調子に乗っていたんだ……。」
俺が黙って聞いていると、そこからは、さっきまで話すことを迷っていマレットが、今度は言葉が溢れてくるかのように話し出した。
「みんなと違うのは俺ではない。みんなと違う奴がここにいる。いつもいつも、俺はお前をイジメることで安心していたんだ……。」
「…………。」
「でも、ある日、お前が孤児院を飛び出して行った後、他のみんなから、今度は俺がみんなと何か違うと言い始めたんだ……。」
そう、俺は知っている。人は自分より弱いものや、自分達と違うものを見つけると、途端に強くなる――
「いつの間にか、今度は俺がみんなからいじめられていた。腕っぷしでは負ける事は無いのに、一人になった途端、そんな事ではいじめからは抜け出せない事に気づいたんだ。そうすると、急に全然身体に力なんか入らなくなって、対抗することができなくなったんだよ……。」
そう、俺は知っている。人は、その相手から反撃が無いとわかれば、ますます強くなるのだ。逆に、自分が弱いと感じると、途端に反抗できなくなる――
「でも、あの日、お前が言ってくれただろ。「負けるな。君は1人じゃない! お天道様はちゃんと見てるから。悪い事をすれば悪い事が。良い事をしていたらいい事が返ってくるんだ。だから、君はもう2度といじめる側にはなるんじゃないぞ!」って……。」
ああ、確かに言ったっけ。
いじめの連鎖という不条理に腹が立ったんだ。
「正直、あの時はすぐには理解できなかったんだ。でも、「僕はいじめを許さないっ!この子をいじめるなら、僕が相手になってやる!」って言われた時、ああ、俺にも味方がいたのか、と思えた。」
あの時は、別に君の味方をしたわけじゃ無い。
ただ、ただ、腹が立っていたんた。
「お前に、「君にはちゃんと助けてくれる人がいるよ。」と言われた時、そういうこともあるのかと思えたんだよ。」
そんな、俺はそんな大層な気持ちで言ったわけでは無いんだよ……。
「ナナシ……俺につけられた名前はマレット。これって、『木槌』と言う意味さ。孤児院に捨てられていた、ハーフドワーフの俺のことを蔑んでつけられた名前なんだ。でも、今はそれでも気にならなくなった。」
彼は、いつまでも黙っている俺を気にせずに喋り続ける。
「実は今、俺は魔晶職人の師匠のところで修行しているんだ。お前の言葉、お天道様は見ているって言葉。あの言葉を聞いてから、それまでの自分と決別して、職人の道を進む決意をしたんだ。頑張れば頑張った分、師匠は見ていてくれる。そうすれば、前に進めると信じて。」
彼は熱のこもった目をしていた。
「それに、お前は、悪いことには悪いこと、良いことには良いことが帰ってくると言っていた。だから、あれ以来、俺は絶対に人を下に見ない。悪口を言わない。困っている人を見つけたら、できる限り助ける。そう決めたんだ。」
「………。」
「お前をいじめていた俺の事を、簡単に許して貰えるとは思ってはいないさ。俺だって、俺をいじめてた奴らを簡単に許すことなんかできないから。」
「………。」
「でも、お前に会えたら、絶対に謝りたいと思っていたんだ。そして、お前に感謝の気持ちを伝えたかった。俺は、お前の言葉に勇気を貰えて、そして救われた。ありがとう………。」
そこまで言うと、膝に手をつくようにして、深く深く、頭を下げた。
そして、徐にポケットに手を突っ込むと、赤い魔晶を取り出した。
「これは、俺が初めて師匠にちゃんと認めてもらえた魔晶なんだ。お前に出会えた時、もらって欲しかったんだ。まだまだ、未熟な腕だけど、これからもっと努力していい物を作ってみせる。」
「………。」
「だから、また俺が納得できる魔晶を作ることができたら、また受け取って欲しいんだ。俺にとってのの目標であり、そして俺にとっての英雄であるお前
に……。」
そこまで、捲し立てるように言い切ると、まったく言葉が出せない俺に、自分が勤めている店の名前を告げて走り去っていった。「必ず店にも顔を出してくれよな。」と言いながら、何度も手を振りながら。
俺は、最後まで何も言えなかった。
いじめていた側の連中は、いつの間にかそんな事を忘れてしまい、下手をすると良い思い出にまでしてしまうかもしれない。
しかし、いじめられていた事は、絶対に心の中から消えることは無いだろう。
深く深く傷ついた心は、いつまでも傷跡が消えることは無いだろう。
でも、癒される事はありえるのだろう――
ハーフドワーフの少年からの心からの謝罪と、感謝の言葉は、確実に俺の心に刻み込まれたのだから。
『――良かったわね。だからいつも言ってるじゃない。あなたは幸せになれるって。』
いつの間に目を覚ましていたのか、ポケットから這い出した優しい妖精は、俺の頬に自分の頬をそっと寄せて目を瞑った。
今日は、なんて日だろう。色々な事がありすぎて、もうお腹いっぱなんだ――
楽しんで頂けましたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになりますので、ぜひよろしくお願いします!