いじめられっ子、他聞をはばかる
「――君の気持ちはよくわかったよ。今すぐの公表は控えよう。」
リンカータウンの冒険者ギルドの長、ギルドマスターのバンド=サムが宣言した。
「その代わり、君が言う憂いというものが晴れたら、ギルドから発表させてもらうよ。なにせ、この時代、第3の才能を開花させた冒険者なんて、僕は聞いたことがない。今、活躍している高ランクの冒険者にもいないはずだよ。」
サムは興奮気味に続ける。
「世に英雄と呼ばれた冒険者は数多いるが、皆、総じて第3の才能を授かり、天賦の際に恵まれた才能持をもつ、所謂、天才たちだ。」
ギルドマスターの演説に力が入る。
「――ヒロ君。君はいずれ、英雄と呼ばれるかもしれない。」
俺の尊敬する、あの優しい剣士が目指した、英雄になれるかもしれない。そう思えば、こんなに胸が高まる事はない。
しかし、今まで俺をイジめ、蔑み、嫌ってきた者達はどう感じるだろうか。中には、今までの行為を反省し、俺を尊敬するものもいるかもしれない。でも、人の感情というものは、必ずしも良い方向にばかり向かうとは言えないのだ。もしかすると、そこに、嫉妬や妬み、誹謗が加わり、今まで以上に俺に対しての嫌悪が増すかもしれない。
いや、俺に対しての嫌がらせならば耐えられる。今までだって、ずっと耐えてきたのだ。でも、今は一緒に居てくれる仲間達がいる。ファミリーがいるのだ。そのファミリーに悪意の目が向けられた時、俺には、守り切れる自信はまだないのだ。実際に仲間が傷つけられでもしたら、俺はきっと耐えられない……。
「――僕が英雄と呼ばれるのに相応しい功績を残せたとき、その時になったらお願いします。」
まだ、自分の力を完全には信用できていない俺には、まだまだ世間への他聞ははばかられるのだ……
♢
しっかりと冒険者登録を終わらせ、自分の冒険者章を首から下げたナギは満面の笑みである。これからの自分の行先を想像して、希望に満ち溢れているのだろう。
冒険者ギルドからの帰り道、2人の少女は興奮がまったく納まらない様子で話し続けていた。ナギの冒険者登録というイベントに加えて、自分たちの身近な存在が、第3の才能を授かったという事も、それはもう多感な時期の彼女たちにとっては、大事件なのであった。
「ヒロ兄っ! なんでみんなに言っちゃわないのさ! 絶対、みんなビックリするのに!」
「そうよ! 私たちの自慢のヒロ兄が、ますます自慢の冒険者になったっていうのに、みんなに言えないなんて、勿体無いよ〜。」
少女たちの自慢の存在と言ってもらえる事は、素直に嬉しいのだが、俺に対する他人からの評価を知ってしまえば、もしかすると彼女たちの俺を見る目も変わってしまうかもしれない。いじめ続けられ、嫌われ続けている俺を自慢する事なんて、出来る訳ないだろうと思ってしまう……。
「2人が思うほど、僕は自慢できるような存在じゃないんだよ……。」
何故か、2人に囃し立てられる度に、自分の中の自信がゆらいでしまう。いじめられていた自分の姿を思い出して、俺の中の自己肯定感がどんどん低くなってしまうのだ……。
『なによ! まったく情けないわね! ヒロなんか、散々恥ずかしい話をみんなに聞かれてるんだから、今更、人の目を気にしてどうするのよ!』
俺が弱っていると、必ず助けてくれる――
『あんたたち、気にせず自慢しなさい! ヒロは凄いんだから!』
この優しい妖精の魔法の言葉に、いつも救われる。いつも、俺をドン底から引き戻してくれる――
俺は、鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになるのを必死に誤魔化した。
「さて、俺の事はさておいて、二人に贈り物をしてあげようかな。」
そう言って、リンカータウンのメイン通りにある道具屋のドアを開ける。そこは、優しい剣士と一緒に買い物をした店。店主は、俺の顔をみて、相変わらずの仏頂面をしているが、目的の物を買う為には仕方がない。
2人を、目当ての物が揃った棚の前に立たせた。
「2人には、この手帳をプレゼントするね。これからの冒険に必要な知識を書き留めるんだ。」
2人は真剣な表情で顔を見合わせている。
「とくに、ナギ、君はレンジャーというクラスを選んだんだ。これから君は知識を武器にしなくてはいけないよ。」
しっかりとした、茶色の革製カバーの手帳を渡され、ナギはしっかりと頷く。
「ナミ、君も、冒険に必要な知識を人任せにせずに、必ず自身の知識を蓄えるんだ。それは、かならず君の力になるから。」
ナミも手帳を渡されて、深く頷いた。その顔を見て、しっかりと俺の考えが伝わった事を確信した俺は、そのまま店主に代金を払いに向かおうとする。
すると、2人が同時に俺の袖を引っ張った。
「ねぇ、ヒロ兄。 どうせなら、もっと可愛いい手帳にして! 」
笑顔で言い放つ2人の姿に、思わずため息がでた。なんとも締まらないが、少女たちの好みに合わせて、手帳を選び直すのだった――
♢
少女たちの選んだ手帳は、ナミが水色の革のカバーに子犬の刺繍、ナギが薄緑色の革のカバーに花の刺繍があった。正直、汚れが目立つだろうなとか、無粋な考えが浮かんでしまうが、手帳を手に、喜びあう2人の姿をみれば、これでいいのかな、とも思う。女の子だもんね。
「じゃあ、家に帰ろうか。」
家で待ってる年長組も、今回の才能判定の結果を知りたがっているだろうし、これからナギも含めた7人での冒険になる。新しい才能、スキルについても、みんなに相談したいし、色々と不安もあるが、みんなで力を合わせて成長していこう――
♢
愛想の悪い店主に代金を払い、店を出る。
2人の少女は買ってもらった手帳を大事に抱え、マントのフードを被る。おしゃべり妖精は疲れたのか、俺の頭の上でウトウトし始めたので、俺は優しく胸ポケットに移動させた。
店をでて、三日月村へ向かおうと歩き始めると、後ろから走り寄る音が聞こえてきた。
「ナ、ナナシっ!……さんっ!」
俺は、昔の名前を呼ばれて振り向いた。
「えっ? マレット!?」
そこに立っていたのは、あの日、孤児院の前で膝を抱えて座っていたハーフドワーフの少年だった――




