上書き①
ナギが石板に魔力を通すと、すっと文字が浮かんできた。
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クラス なし
才能1 グロウ
(花栽培)
才能2 ◾️◾️◾️/パペット
(糸操り)
スキル 栽培 LV1
操り人形 LV1
血操 LV1
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彼女はヒルコの仮面により支配された時、第二の才能を【パペット】という才能に上書きされてしまっていた。13歳になり、本来の才能を授かれば、上書きも解除されるのではないかと考えていたが、それは甘かった。
「げ〜っ……、マジか〜……。」
ナギの第一の才能【グロウ】とは、植物を栽培するの才能であり、戦闘に向いたものではなかった為、本来なら農業に携われれば、かなりの才能を発揮できるのだろう。優しい彼女にはピッタリなのだが、どうしても俺たちと冒険したい彼女は、とても不満らしい。
「ヒルコの奴っ! どうせなら第一の才能の方を上書きしてくれたら良かったのにっ!」
完全に不貞腐れてしまったナギは、今にも泣きそうだ。
「ナギ。君の第一の才能は、植物を栽培する時には、凄い役に立つ才能なんだよ。僕は、心の優しい君にはとっても似合ってると思うし、花を育ててる姿なんかは、とても君らしいと思うよ。」
俺の言葉に一瞬微笑みを浮かべるが、またすぐに口をへの字に曲げて、愚痴を溢す。
「私は、ヒロ兄と一緒に冒険に行きたいの。花を育てる才能なんて、冒険に役に立つわけないじゃない!?」
ナギの言葉に、俺自身の心も波立つが、俺には俺を支えてくれた言葉達がある。ナギにも、支えになってくれれば良いのだけれど……。
「ナギ。僕は、僕が憧れた優しい英雄から、努力すれば自ら道を開く事ができると教わったよ。だから、どうしても冒険者になりたいなら、これからの努力次第さ。僕と一緒にがんばってみるかい?」
俺に肩を抱かれ、ついには涙が溢れてしまったナギは、声を出さずに何度も頷いていた。
「それに、僕の知ってる、もう一人の英雄は、レンジャーというクラスについて、様々な知識と技能でパーティーを支えていたんだ。家に帰ったら、その英雄に教えて貰った知識を教えてあげる。僕の宝物のマル秘の手帳を見せてあげるよ。」
そう、俺が名無しのナナシだった頃、あの優しい剣士は俺の折れそうな心を支え、応援してくれた。そして、その友人の弓使いは、戦う以外でも仲間を支え助ける事が出来る事を教えてくれたんだ。
正直な所、ナギは生産職に就いた方が才能を発揮できるだろう。でも、俺自身もそうだった――
「――憧れは止められない。だったら、努力するしかないじゃないか。」
俺は、いつの間にか俺自身の癖になっている、右手の親指を立てるポーズでキメ顔を作った。
「てか、その顔キモいから……。」
今の今まで涙を流していた癖に、ナギは笑いながら俺の顔がキモいとか言ってる……。なんか、言葉だけで、俺にこんなに大ダメージを与えられるのだから、意外と立派な冒険者になれるんじゃないか?
「ナギはそのナイフのような尖った言葉だけでも、魔物を倒せるかもね……。」
つい、ポロっと心の声が溢れてしまった。
そこからは、しばらくの間、ナギ、ナミ、ベルの三人に、フィリアさんまで加わって激しい抗議の波に襲われることになってしまう。
なんだろ、嫁さんと娘に責められる父親みたい。あぁ、あのまま、前世で暮らし続けていたら、そんな未来もあったのかな……。
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「隣の奥さんが話していたんだけど、あそこの娘さんが、お父さんの入ったお風呂になんか入りたくないなんて言うんですって。小さい時は、お父さんがお風呂に入れてくれてたのにねって。」
あぁ、父親って、なんかそんな扱いだよね……。
「洗濯物も一緒に洗うなって言われるらしいし、お父さん、かなり落ち込んでるみたい。」
そりゃ、可愛い娘にそんな事言われたら、落ち込みもするでしょ……。
「まぁ、女の子あるあるよね。それって、きっと、父親が異性だって気づいたって事だもの。」
へぇ……、そうなんだ。そういうものなのか。
「この子も、そういう日が来るかもね〜。でも、それはこの子が成長してるってことよ。」
なるほどね〜。でも、そんな事されたら、お父さん、悲しくなっちゃうよ……。
「あなたも覚悟しておきなさい。ふふっ。」
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そんな事言って、嫁さんは笑っていたっけ。
4人の女性に喧々轟々、しばらく怒られ続けながら、遠くを見つめて前世の記憶を思いだしていた。どうにも、元の自分に引っ張られ過ぎると、ちょっとオヤジ化してしまうらしい……。オヤジギャグとか言わないように、気をつけなくては……。
最近の俺は、今現在のヒロという人間として、存在が落ち着いてきている。大人だった頃の記憶もかなりハッキリしてきたし、ナナシだった時の記憶もちゃんとある。
第二の才能【ダブル】の影響か、心の奥に居るアリウムの事も、なんとなく、そこに居るんだな、と感じらるようになってきたし――
今のこの状態になってから、ずっと考えているんだ。アリウムをなんとかしてあげられないかなって……。
「ちょっと、ヒロ兄! ちゃんと聞いてるの! 私は絶対、冒険者になるからね。もう、留守番なんか、しないから!」
遠くを見ながらそんな考えに浸っていたが、ナギの大きな声で、現実に引き戻されて、また、しばらくお小言を聴きくことになってしまったのだ……。