希望と後悔
三日月村からリンカータウンへは、だいたい2時間ほどの距離である。
道は整備されており、歩くのに苦労することはない。そこを一振りの剣を腰に下げた白髪の少年と、頭からすっぽりと黒いマントを被った少女が2人、そして先導するかのように、3人の前を妖精が飛んでいた。
「ナギ、陽の光は気にならないかい? もうしばらくは歩かなくてはならないから、辛い時はすぐに言うんだぞ。」
白髪の少年が、黒いマントの一人を気遣うように声をかけた。
「このくらい大丈夫だって。全く、ヒロ兄は心配性なんだから。」
「ほんとほんと、ナギなんて、少し肌が焼けた方が健康的に見えるようになっていいのよ!」
「何よそれ! 私が不健康に見えるとでも言うわけ? 私の透き通るようなこの白い肌が羨ましいからって、突っかかってこないでよね!」
「何よ! 私みたいに健康的な小麦色の肌の方が、ヒロ兄だって好きに決まってるでしょ。ねぇ、ヒロ兄? 」
『まったく、お子ちゃま達は、騒々しいわね〜! ナミもナギも、大人の私を見習いなさい!』
「「 ベルっちが一番騒々しいっての!! 」」
女性三人寄れば姦しいとは、よく言ったものだ。ここまでの1時間、全く会話が途絶えることもなく、歩き続けている。
ヴァンパイアロードの眷属になった、白髪、赤瞳の少女ナギは、吸血鬼の特徴なのか、陽の光に長く当たると、日焼けを通り越して、火傷のようになってしまう。短い時間であれば、そこまで気にすることは無いのだが、女の子の肌に火傷のあとなんか付いたら可哀想。そこで、頭からすっぽりと被ることができる黒いマントをプレゼントしたのだ。
すると、半年歳上で、氷狼の眷族になった、黒髪、白瞳の少女ナミが、ナギばかりズルい、自分にもマントが欲しいと大騒ぎしたので、ナミにもまったく同じ黒いマントをプレゼントしてあげたのだ。ナミ自身は陽の光に弱いということは無いんだけどね。
二人とも、三日月村を出れば、俺と同じように容姿を馬鹿にされたり、蔑まれたりする事もあるのだが、このマントのおかげで、あまり人に容姿を見られなくても済んでいる。
ただ、二人とも、周りからの中傷など全く気にする様子はなく、悪口を言われたところでどこ吹く風、いじめられて卑屈になっていた俺とは大違いなのだ。
ソーン曰く、「ヒロ君が、二人をしっかり守ってくれてるから、安心していられるのよ。」との事だけど、逆に2人の少女にはファンまでいるようだし、やっぱり、俺とは違うな。
「私は、ヒロ兄とお揃いの白い髪がお気に入りだもの。人になんと言われようと気にしないわ。」
とナギが言えば、
「わ、私だってヒロ兄と同じ白い瞳だもん。お気に入りだもん。全然気にならないもん。」
とナミが続く。
半年歳上ではあるけれど、どちらかというと、歳下のナギの方がしっかりしてるかも。まぁ、ナミは両親と暮らしているが、ナギは親元を離れて俺たちと一緒に暮らしているのだ。やはり、精神的に強くもなるのだろう。
「二人は凄いな。僕なんか、白い髪も、白い瞳も、白い肌も……、全部、嫌いだったよ……。」
俺の呟きに、2人が同時に反応する。
「「なに? 私たちとお揃いが気に入らないって言うわけ!? 」」
「いやいや、そんな事無いって! まいったな。」
少女2人に責められて困っている俺を見て、おしゃべり妖精が腹を抱えて笑っている。助け船はありそうもない。ここは逃げるが勝ちだ。
「さぁ、リンカータウンまで、あと少しだ。先に行くよ!」
と言って、前を走り出す。「逃げるな〜!」、なんて言いながら少女2人と妖精が追いかけて来るが、こんな平和な追いかけっこなら、捕まったとしても大丈夫。
こんな風に、いつまでも家族と楽しく暮らしたい――
♢
留守番に残された年長組の3人は、アメワが作ったケーキを食べながら、ゆっくりとお茶をたのしんでいた。このファミリーでも、とくに賑やかな3人が出かけた事で、この家も一気に静かになる。
「あの二人、ヒロ君が居てくれてよかったわね。」
ソーンがティーカップを置いて、口を開く。
「はい。ヒロ君は自分自身が辛い経験をしてきたから、二人には、絶対に自分と同じ思いをさせまいと頑張ってくれてるんだと思います。」
アメワは、ティーカップを両手で支えながら、静かに答えた。
「たしかに、彼の生い立ちから、今までの暮らしについての話を聞けば、本当に大変な思いをしてきてるよね。」
ライトは、胸の前に組んだ腕を、そのまま頭の上に組み直した。
「しかも、僕は……、彼が幸せになれたかもしれないタイミングを一度邪魔してしまった……。」
アメワは、ティーカップを支える手に力が入る。
「私も……、一度、酷い裏切りをして、彼をもの凄く悲しませた事があります……。自分が街で嫌われるのが恐ろしくて……。」
ソーンは両手の指を組み合わせて顔の前に組んだ。
「私たちは、みんな彼を悲しませた経験がある。それは、彼が許してくれても、自分たちの心に深く重しとして残り続けている……。」
その言葉に、三人はお互い視線を交わし、深く頷きあった。
「――だからこそ、これからは、ヒロ君を悲しませるような事なんか、誰にもさせない。絶対に彼を守ってみせる――」




