吸血鬼王との邂逅
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『フェンリルの遣い達よ、この度の助力感謝する。まさか、この私がヒルコの分身体ごときに不覚をとるとは……。しかし、地上人に助けられるとは、全くもって驚いた。その男たちは、お前たちの仲間だったのだろう? 助けてやれず済まなかったな。』
吸血鬼の王は、自らの肩に嘆きの妖精=バンシーを座らせ、自らの身体から流れ出た血液を、その傷口から吸収しながら、俺たちに話しかけてきた。
『そちらの魔術師と聖職者は、私の腕を切り落としたその剣士と一緒に此処に来た者達だろう? お前たちはヒルコの分身体に殺され、操られることがなくて幸いだったな。』
進取の聖職者は、涙を流しながら吸血鬼の王に問うた。
「ケイン、ユウ、パーンの3人を殺めたのは、貴方でしょう? 確かにあの時、貴方の手によって3人は殺された。」
吸血鬼の王は、周辺に流れ出た血液を吸収し終えると、何処から現れたのか、大きな肘掛け付きのキングチェアに深く腰掛けた。
「ふむ。確かに、あの時、その3人は身動きの取れないほどの攻撃を与えたが、ポーションを飲ませ、身体を動かせる程度に回復させた上で、この部屋から解放したのだよ。」
パーンについては、2度目の不貞の為、許す気はなかったが、ケインの必死の頼みにより最後通達の上、命を助けたのだという。しかも、ダンジョン内の道案内を付けて、途中、魔物に襲われたりしないようにして。
「まさか……、そんなこと……。」
『信じられぬか? だが事実だ。おそらく、ダンジョンから帰る途中でヒルコの分身体、狐憑きの少女に出会い、少女の姿で油断させた所をヒルコが糸を打ち込んで支配したのであろう。あれほどの手練れだ。ヒルコも大層喜んだだろうな。ダンジョンの魔物は駆逐され、私もまた、見事に右腕を切り落とされたわ。』
再び繋がったとは言え、はっきりと残る切断された跡をさすりながら、吸血鬼の王は続ける。
『だいたいだな、お前たちの勝手な解釈で、豊穣神の女神であるウカ様を悪なる神などと曰い、さらには、ウカ様の使徒たるこの私を悪と断じて、このダンジョンを荒らし続けるお前たち地上人など、ウカ様の深い慈悲の思し召しがなければ助ける事などはないのだ。』
吸血鬼の王は一気に捲し立てる。
『お前達の勝手な思い込みと、騙され創られた歴史によって、ウカ様の尊い思いを塗り潰し、消し去り、自分たちの功績にしたばかりか、あまつさえ悪なる神と呼ぶなどと……。お前たちは、無知なまま、無関心な相手に救われ続けてているのというのに……。』
その言葉に、異端の歴史学者は反応する。
「ヴァンパイアの王よ。失礼を承知で伺います。是非、無知な私に教えていただきたい。騙され創られた歴史とは、どういう事なのでしょうか。」
それこそが、自分の一番の目的だとでも言うように、真っ直ぐに吸血鬼の王を見据えて問いかける。
『ふむ……。お前たちに話しても良いが、信じられるものでは無いと思うがな。ましてやそちらの聖職者は、太陽神テラに仕えているのだろう? 自らが心棒する神の教えが偽りのものであるなどと、受け入れられるものではあるまい?』
進取の聖職者は、その言葉を否定する。
「ヴァンパイアの王よ、私はあなたのその言葉が頭から離れず、その意味を確かめたくてここまで来たのです。どうか、あなたの知る正しい歴史というものを御教え下さい。貴方の話を受け入れるかどうかは、私自身の心で決めたいと思います。」
吸血鬼の王は、腕を組んみながら、今度は俺に問いかける。
「――白髪の少年よ。見たところ、お前の容姿は、我ら吸血鬼の因子を含んでいるように見える。お前は何者なのだ? フェンリルからの遣いというのも驚くべきことだ。彼奴が私に遣いをよこすなど、各ダンジョンに使徒が別れたあと、一度もなかったことなのだからな。」
俺は、自分の両親の事を話した。二人がそれぞれ、吸血鬼王と氷狼の眷属であったこと。俺を産んだ後、複数の狐憑きによる襲撃を受け、両親は死亡したこと。その後、孤児院に預けられて育ったこと。そして、ヒルコの仮面を被ったゴブリン討伐と、その際に攫われた、2人の少女のこと。
ひとつひとつ順番に説明し、一人の少女は氷狼に眷属化してもらうことにより助けられ、もう一人の少女は、今回、此処を襲撃した少女である事を打ち明けた。
『――そうか、お前はイハナの息子なのか。以前に私が救った少女が母になり、すでに死んでいるとは……、時の流れは早いものだな。私のように時の流れに取り残されている者からすると、ある意味羨ましいことだ……。』
吸血鬼の王は、キングスチェアに座ったまま、目を瞑った。
「――フェンリルさんが、使徒同士は会う事ができないから、僕を通してもう一人の少女の眷属化を頼むようにと言われてきたのです。ただ、フェンリルさんは、すでにブラドさんは解決に動いているはずだと言っていたのですが……。」
『ちっ、フェンリルめ……面白くない。しかし、今回はそこの剣士の持つ、魔法の剣でやられた傷が思いの外深すぎてな。我が身の回復に集中しすぎて、ヒルコの企に気づかなかった。これについては、申し訳なかった……、すまなかったな。』
一瞬、苛立たしげな表情をしたが、すぐに無表情にもどった吸血鬼の王は、座ったままだが、真摯に頭を下げた。プライドが高いかと思っていた俺は、少し驚いたが、まずは攫われた少女=ナギを助けてもらわなくてはと、気持ちを切り替えて話を続けた。
「ですので、まずは、この少女をヒルコの支配から解き放っていただきたいのです。この子の両親からは眷属化に対する許可もいただいてありますので。」
『眷属になれば、普通の人の子として暮らして行く事ができなくなるかもしれないのだぞ? それでも我が眷属にしたいと言うのだな?』
その言葉には、少し悲しみの感情が感じられた。俺は、無言で頷き、少女を抱き抱えて吸血鬼の王の前に立った。これから起きる出来事はわかっている。少女の髪を掻き上げてその瞬間を待った。
『良かろう。その少女を我が眷属にして、ヒルコの支配から解き放ってやろう。魔術師と聖職者よ、すぐ終わるから少し待て。その後、ゆっくりと話してやろう。』
そう言うと、ヴァンパイアロードは、徐に少女の首元に噛みついた――
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