糸と仮面②
ライトの放った魔法の火炎放射は、見事に戦士3人の糸を焼き切った。
身体の大きな3人の戦士はそのまま俺の上に倒れ込み、全体重が俺にのしかかる。【障壁】に力を込め、自分の身体は押しつぶされるのを防げているが、意識のない人間の身体は思った以上に重い。しかも、重装備の3人だ。全く身動きがとれなくなった。
しかし、いつの間にか俺の肩から飛び上がっていた、おしゃべり妖精が、火蜥蜴を抱き抱えながら叫んだ。
『サクヤ! ユウの背中の糸を燃やしちゃって!』
さすが、チーム【アリウム】のリーダー。なんと、下敷きになった俺にみんなの意識が向いている隙に、最後に残った弓使いの糸を焼き切ってみせたのだ。
「ベルさん!サクヤ! よくやった!」
全ての操り人間の糸を切られ、仮面の少女はこの場から逃げようと考えたのか、入り口の方を振り向く。しかし、そこにはすでに、進取の聖職者と異端の魔術師が回り込んでいた。
逃げ道はすでにない。覚悟を決めたのか、仮面の少女は、両手を真上に挙げて何かをし始めた。するといつの間に糸を伸ばしたのか、ユウが再び立ち上がる。
しかし、その瞬間、少女の仮面に目掛けて血の弾丸が降り注いだ。
咄嗟に身を守ろうとしたのか、糸を使いだばかりであるユウを血の弾丸への盾にしてしまう。だが、勢いよく打ち出された血の弾丸は、ユウノ身体を突き抜けて、白い仮面に殺到した。
狐の顔を模した白い仮面は、その連弾を浴びて粉々に砕け散る。
『――よくやった、フェンリルの使者達。おかげでヒルコの分身体は抑えられた。』
切り落とされた右腕が繋がり、流れていた血も周りに展開していた血の弾丸も消えている。いつの間にか、ヴァンパイアロードは動けるまでに復活していたのだ。
♢
俺は、なんとか3人の戦士の身体を押しのけて、近くに倒れている少女、新月村のナギに駆け寄った。ナギは行方をくらます前と同じ、呼吸はあるが意識の無い状態。なんとか、最悪の状態は免れたようだ。最後の血の弾丸も、ヴァンパイアロードが上手く仮面だけを砕いたようで、ナギの身体に傷はなかった。
残念ながら、俺にのしかかっていた重戦士のパーンと、最後に血の弾丸からの盾にされた弓使いのユウは、身体中を貫かれ、穴だらけになって絶命していた。
俺は、その2人をライトに任せ、驚くほど軽くなった少女を抱き抱えながら、今度はケインの元へと歩み寄る。
あの時、確かに俺に向かって剣を差し出し、「やっちまえ!」と背中を推してくれた優しい剣士は、今、ソーンによって、懸命に回復魔法をかけられている。しかし、目立った傷のないはずの優しい剣士は、全く動こうとはしなかった。
「どうして? 回復魔法を全く受け付けないの。なんで!? どうしてなの!?」
懸命に癒しの力を使い続ける聖職者に、後ろから歩み寄ったヴァンパイアロードが声をかける。
『女よ。その男は既に死んでいるのだ。ヒルコの分身体に力が注がれなくなった今、あとは死体に戻るのみだ。死者に回復魔法は効きはしない。』
絶望感から天井を見上げるソーン。またしても仲間達を救うことができなかった。彼女は、癒者としての務めを果たすことができなないことに、絶句し、拳を握りしめていた。
「ソーン……、ありがとう……すま…なかった……。」
まだ意識が残っていたのか、優しい剣士が声を振り絞る。ソーンは涙を堪えることができず、また天井を見上げた。
「よぉ……、ナナシ……、凄いじゃ無いか……。お前が、二人を連れて……きてくれ……たのか?」
もう目もみえないのか、視線は宙を彷徨っている。俺は優しい剣士の手を握った。
「ケインさん、俺、助けに来ましたよ。一緒に帰りましょう。」
ケインは、ふふふ、と笑いながら続けた。
「あり……がとな。なんか、随分と強く……なって。一緒に、ぼうけ……ん……したかった……。」
そこまで語ると、ケインは完全に目を閉じた。あの強くて優しい、俺の目標だった剣士とは、もう語り合うことはできないのだ。
俺に冒険者のイロハを教えてくれて、
初めての冒険に連れていってくれて、
俺に努力の大切さを教えてくれて、
美味しい飯を一緒に食べて、
俺に剣の基本を教えてくれて、
一緒に買い物して、
…………、
俺とアリウムの心を救ってくれた優しい英雄。
俺は、深く頭を下げて囁いた。
「――あなたは、僕の英雄でした。ありがとうございました。」