操り人形
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俺たちは、前を飛び続ける嘆きの妖精の後に続いて走り続けた。もうすぐ地下30階に辿り着く。その間、一匹も魔物に出会うことはなかった。
〈……オウサマノヘヤ、モウスグ。オネガイ、オウサマヲタスケテ……。〉
それぞれ、武器を握る手に力が入る。
『あったわ! あそこ! 大きな扉があるっ!』
叫ぶ妖精が指す方向に、開け放たれた大きな扉が目の前に現れた。全員で中に飛びこむ。そこには、驚く事に、自分たちの探し人が、全員揃っていた。
「ケインさん!」
なんとそこには、右腕を落とされ血まみれのヴァンパイアロードと、それと対峙している優しい剣士と無口な盾使い。その後ろには、剣士を慕う弓使いと狐の仮面の少女が立っている。
その周りには、倒された魔物が残した魔石が多数転がっており、さらに4体の冒険者の死体が転がっている。激しい戦闘が繰り広げられていたのだろう、その死体は穴だらけで、元の姿をほとんど留めてはいなかった。
『ちょっとちょっと!? これはどうなってるの!? ヒロ、どちらの味方をすればいの!?』
助けを求めるべく会いにきたヴィンパイアロードと助けるべき相手である、狐の仮面を被せられた少女とケイン、ユウ、パーンの3人。その者達が戦っているのだ。さすがのライトとソーンも動揺を隠せない。
その時、目も虚に吸血鬼王と対峙している剣士が、唸るように言葉を絞り出した。
「な……な……し……、俺を、た…おせ……。」
「―――っ!」
剣士は、確かに俺の元の名を呼んだ。
やる事は決めた!
ケインさん達を助けて、ヴァンパイアロードも助けて、仮面の少女も助ける!俺は欲張りなんだ!
「みんな助ける!!」
俺は叫んだと同時に、障壁に魔力を集中して、吸血鬼王と優しい剣士の間に飛び込んだ。もう、みんな傷つけてたくない!
「ハニヤス!ミズハ! 目の前に泥沼!」
俺の声に反応した精霊達が、すぐさまケイン達4人の足元に泥沼を作り出す。泥に足をとられた4人は身動きが取れない。
「フユキ! 泥沼に氷結!凍らせて!!」
続け様に足元の泥沼を凍らせて完全に足を固定させた。しかし、その場から弓使いの弓が連続で俺を襲う。
「ミズハ! 三人に水球! 気絶させる!!」
放たれた矢を、障壁に任せて弾き飛ばす。
波の乙女の水球は、全て三人の顔に張り付いたが、三人とも平気で動き回っている。どうして?呼吸していないのか?
矢を跳ね返した障壁に、目の前にいた優しい剣士の魔法剣が叩きこまれた。足を動かせないというのに、かなりの衝撃を感じる。
でも、俺の障壁は破られない! 伊達に70なんてレベルになっていない。魔法剣も耐えられるようだ。
『まったく――、逃げろと伝えたというのに……。フェンリルの使いよ、狐の仮面を壊せ! あれがヒルコの分身体を操っている!』
そう言って吸血鬼王は、自分の周りに展開させた血の弾丸を一斉に狐の仮面にとばした。しかし、血の弾丸は、無理やり氷の沼から足を引き抜き、足を血に染めたパーンがその盾と身体を投げ出して防ぐ。本人は、身体中に穴を空けたが、狐の仮面の少女には、かすり傷一つつかなかった。
さらに、倒れていたはずの二人の魔術師から、炎の矢が吸血鬼王に放たれる。到底動けるようには見えない魔術師たちは、穴だらけの身体を起こして連続して魔法を詠唱し続けている。
そして、その炎の矢は、今度はケインとユウの足元を吹き飛ばした。
「なんなのあれ!? なんで動けるの!?」
「ともかく、狐の仮面を狙わなくてはならないようだよ。やるしかない!」
一呼吸遅れてと戦いに参加した二人が、狐の仮面の少女に殺到する。しかし、そこにも傷だらけのパーンが立ちはだかった。
「パーン! あなた、操られてるの!?」
「ソーン下がって! 『世に顕在する万能なるマナよ、彼の者らを安らかなる眠りに誘えっ、スリープ』!』
ライトも仲間の動きを止める事に注力することにしたようだ。しかし、ケインら三人とも水球を顔に張り付かせ、眠りの魔法をその身に受けながら、全く関係なく動き続ける。パーンなどは、全身から血を吹き出しながらもだ。
どうする?
どうしたらいい?
睡眠の魔法は聞かない。呼吸を止めても関係ない。ケインさん達は、人ではないのか?
『白髪の少年よ、こいつらはもう死体と同じだ。よく見てみろ。狐の仮面の少女から、細い糸が繋がっているだろう。ヒルコは、あの糸を使ってこいつらを操っている。所謂、操り人形ってところだ。』
糸?
見えるか?
いや、なんとしてもその糸を断ち切らなくては!
『ヒルコの分身体は、第二の才能発言前の子供に寄生して、第二の才能を乗っ取り、そこに『パペット』という才能を書き込み、自由に操ってしまうのだ。』
第二の才能を乗っ取る?
そんな事できるのか?
『しかし、ダンジョン=ヘルツプロイベーレから離れられないヒルコは、あの狐の仮面を使って遠距離で操るのだ。』
だから、村の少女たちを狙っていたのか。
『故に、この状況を止めようとするなら、まずは操り糸を切断し、狐の仮面の破壊すること。これしかない。できるか?』
吸血鬼王は、片方の膝をつき、息も絶え絶えになっている。できるかだって?
やるしかないだろ!