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吸血鬼王の異変


――地下26階



 それは目の前に突然現れた。


『――逃げよ……。』


 長い黒髪で顔を隠した、小さな女の子の人形から、およそ想像のつかない、低い男性の声が発せられた。


「嘆きの妖精=バンシー!!」


 目の前の小さな人形をみたソーンが叫ぶ。

 人の死を伝えると云われる闇の精霊で、その叫び声を聞くと、恐怖で身体が動かせなくなるという。このダンジョンに出現する強敵の一つだ。



『――氷狼の使者よ、今、このダンジョンは危険だ。すぐに逃げるのだ。』


 危険な魔物の出現に、それぞれ武器を構えて警戒している俺たちに、女の子の人形は、やはり低い男の声で話し続ける。

 俺たちに逃げろと? 帰れ、じゃなくて、逃げろというのか。



「どういう事だ!? お前は何者だ!?」


 魔法の詠唱を途中で取りやめ、魔術師が人形に問いかける。



「お前のその声、聞き覚えがある。ヴァンパイアロードではないのか?」


 【瞬間記憶】を持つライトの記憶だ。間違いなくヴァンパイアロードの声なのだろう。

 精霊箱から顔を出している霜男も、このダンジョンの守護者の力を感じたようで、ここに来て初めて首を縦に降っている。あんまり一生懸命に首を振るから、頭が落ちそうだ。



「ヴァンパイアロード、ブラドよ。僕は、氷狼フェンリルさんから貴方に会うように言われてきたものです。どうか、貴方の部屋に入れてください! 」


 俺は咄嗟に、女の子の人形に向かって叫んだ。

 魔術師も聖職者も、自らの武器を身体の前に構えて警戒しながら、様子を伺っている。

 おしゃべり妖精も、この時ばかりはおしゃべり自粛のご様子だ。



『――ダメだ。今、このダンジョンはヒルコの侵略を受けている。お前たちは、フェンリルの元に帰れ。』


 ヒルコの侵略を受けている? 

 使徒同士の戦いは、使徒の居るダンジョンにまで及んでいるのか?

 使徒とはなんなのだ? 悪なる神を守る仲間では無いのか?

 色々な考えが頭の中を巡る。とてもじゃないが、理解できる状況ではない。



『―――っ!』



 女の子の人形は、一瞬痙攣したかのように震えたあと、ガックリと頭をもたげた。そして、ゆっくりと顔をあげると、隠れていた人形の顔が現れる。



〈……ブラドサマヲタスケテ……。〉


 

 今度こそは、少女らしい声で、辿々しくはあるが、人形が喋り始めた。



〈……ブラドサマ、ケガガナオリキラズニタタカッテイテ、キツネノツカイニヤラレチャウ……。〉


 人の死を告げて歩く精霊だ。言葉を話すことができるのだろう。どうやら、ヴァンパイアロードは劣勢のようだ。嘆きの妖精は、俺たちに助けを求めている。



〈……ブラドサマ、ヤサシイオウサマヲタスケテアゲテ……。〉


 俺たちは、顔を見合わせて頷き合う。

 みんな、ヴァンパイアロードに会わなくては、次の道に進むことはできないのだ。



「嘆きの妖精! 君の王様の元へ案内して!」


 俺たちは、覚悟を決めて、喜ぶと嘆きの妖精の後に続いて走りだした。




        ▼△▼△▼△



『まったく、この忙しい時に来客の多いことよ……。』


 この部屋の主人、ヴァンパイアロードは、自らの身体から流れ出した血を、周囲に浮かぶ弾丸として展開させている。


 やっと繋がりかかっていた右腕は、またもや切り落とされて、自分の足元に転がっていた。先日切り付けられた、肩から胸にかけての傷も開いてしまった。自分の血を武器として使うにしても、流れる血の量が多すぎる。このままでは、たとえ不死の身であろうとも、程なく、身動きがとれなくなってしまうだろう。


『ヒルコも、意地の悪いことをしてくれる……。』


 

 自分の前には、狐の仮面を被った少女。そして、先日、自分の右手を切り落とした剣士と、その仲間の弓使いと盾使いがいた。その他にも、魔術師が2人と剣士が2人。合計8人の侵略者が立っている。


 自分の腕を切り落とした剣士達は、ポーションを飲ませて命を助け、地上へと帰らせたはずだった。2度目の不貞を働いた盾使いにしても、剣士の必死の願いに根負けして、今回だけだと助けてやったのだ。なのに、またしても自分の目の前に姿を現している。なんという恩知らずなことだろうか。


 しかし、一緒にいる狐の仮面の少女を見て気づかされた。あれは、ヒルコの仮面。ヒルコの分身体に身体を操られているのであろう。よく目を凝らせば、仮面の少女から細い糸が何本も剣士達に繋がっている。



『ヒルコに支配されたか……。ますます厄介なことよ……。』



 ブラドは吸血鬼である。だがしかし、豊穣神ウカに仕えるようになってから、人の血を求めた事はなかった。血を求めない事で、自らの力の減退を招こうとも、あの優しい女神の志に感動した自分には、関係なかった。ただ、女神の愛した人々を守ろうと。


 しかし、地上の人々は、卑しくもウカ様の慈悲に気づきもせず、ダンジョンを荒らし続けた。

 ダンジョンから資源を得る、それ自体はいいのだ。だがしかし、ウカ様を悪なる神と蔑み、必要以上にウカ様の力を掠取し続ける者達に我慢が出来なかった。


 だから、ウカ様を侮辱する輩や、欲深い輩には罰を与えてきた。命を奪う事だってあった。


 先日、自分の右腕を切り落とした剣士は、かなりの実力者であったが、資源を貪るでもなく、純粋に使徒を倒したいという若者であった。だから、命を助けて見逃したのだ。

 おそらく、魔法の力を宿した剣を使っているのだろう、いつもはすぐに塞がる傷がなかなか治らなかった。腕もやっとの事で繋がったのだ。


 その実力者達を支配して、ヒルコが私の命を奪いに来たのだろう。あの男は、どこまでもウカ様に嫌がらせをしたいようだ。


 それにしても、ヒルコがまた支配の仮面を使っていたとは……。剣士に受けた傷の回復に集中しすぎて、悪巧みに気づけなかったとは、なんと情けないことか。


 さて、この者達を退ける事はできるだろうか。


 ヴァンパイアロードは、一人、無礼な来訪者達と対峙し続けていた――













 

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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