楽すぎて怖い
――地下20階
ダンジョンの下層に足を踏み入れた。
地下30階まで到達した経験のある二人が一緒なのである。この位は余裕なのだ……、なんていう訳では無いのである。
明らかにダンジョンの中がおかしい。地下16階を過ぎてから、魔物がほとんど出現しないのである。現れたとしても、単体。しかも、それほど脅威にもならない、骸骨戦士や屍食鬼なのだ。ふつう、骸骨戦士が中層以降には単体で出現することは無い。現れるとしても、数合わせのように、魔物の集団に紛れて出現するものらしい。
「地下20階に、単体のスケルトンが現れるとは……。しかも武器無しときてる。フユキ君、ヴァンパイアロードと繋ぎが取れたわけでは無いのだろう?」
魔術師の問いかけに、霜男は雪だるまの頭の部分が振り落とされそうな勢いで、首を左右に振る。
このダンジョンの使徒がわざと魔物の数を減らしているのだろうか。しかし、まだ気づいてもらえてないようだし……。
「僕らの前に、誰か強力な冒険者パーティーでも探索に入っていたかな。そのパーティーが魔物達を倒しまくっているとか?」
魔術師の解説によると、一度魔物を倒すと、悪なる神の魔力から新しい魔物が生まれるまでに、多少の時間が必要となるのだそうだ。特に、中層以降に生まれてくる強力な魔物が生まれる為には、相応の魔力の収束が必要なようで、強い魔物になるほど時間がかかると言われているとの事。
もしかしたら、俺達より先に、魔物を狩りまくっている冒険者達がいるのかもしれない。
「もし、そうなら、ラッキーだね。僕らは楽して下層へと行けるよ。ただし、油断は禁物だけどね。」
ベテランの魔術師は、緩みかけた気持ちをしっかりと引き締めてくれた。それに合わせて、進取な聖職者に肩を軽く叩かれる。
「さぁ、気合いいれていきましょ。」
それは、私の台詞よと、頭の上で騒ぐおしゃべり妖精を宥めながら、再び俺たちはダンジョンを進み始めた。
♢
――地下25階
なんだろう、いくらB級冒険者が2人が一緒にいるからと言って、こんなに簡単に到達していい階ではない。
「これは、あまりに楽すぎて気持ち悪いね……。」
「中層以降に、下位吸血鬼=レッサーヴァンパイアも、死霊=レイスも、嘆きの妖精=バンシーも、ただの一匹も現れないないなんて……。本当に気持ち悪すぎる……。」
ベテラン冒険者二人がここまで言うのだ。完全に異常事態なのだろう。ヴァンパイアロードと連絡が取れないことも、この異常に関係あるのかもしれない。
「本来であれば、この辺りは死霊で溢れていたはずなんだ。ソーンの浄化の力で押し切るつもりだったんだけどね。その必要もなさそうだ。」
「少ないどころか、一匹も居ないんだもの……。せっかくだから、ここで休憩しちゃいましょう。ここなら、死霊よけの結界を張っておけば大丈夫そうだし、食事と今後の作戦の擦り合わせをしておくべきだわ。ね、リーダーさん。」
ソーンも、妖精に対する扱いに慣れてきたようだ。さすが、大人の女性。余裕を感じるね。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
「ねぇ、ヒロ。私この間、素敵な言葉を教えてもらったの。『しあわせは いつも自分のこころがきめる』んですって。」
また、嫁さんの素敵な言葉集めが始まったかな。
「若い時ってさ、色々と周りに引っ張られて、自分の価値を人からの評価に求めちゃうじゃない?でも、大人の私としては、この言葉通り、自分の価値観をしっかりと持ちたいと思うわけよ。」
彼女は、うんうんと一人頷いている。
「他人を蔑ろにするわけじゃないわよ。他人にも気を遣ってあげられて、自分の事もしっかり持ち続けられる。そんな素敵な大人の女性にりたいの。」
そう言って、俺に笑いかけていた――
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
――あぁ、強くて優しい彼女の笑顔をずっとみていたかったな。
自分の意見をしっかり持ちながら、周りに気を遣ってくれている聖職者の横顔をみながら、前世の記憶を思い出していた。彼女達の凛とした素敵な姿が重なってみえる。
「『しあわせは いつも自分のこころがきめる』か……。僕もしっかり自分の行きたい道を行かないとな。」
僕の独り言を、みんなは不思議そうに聞いていたが、いつも優しい妖精だけは、何故か俺の肩に座って頭を撫でながら耳元で囁いた。
『――ヒロは、必ず幸せな道に進めるわ。私が道案内してあげるから。』
優しい妖精の言葉は、今まで辛い道のりを進んできた俺への慰めであり、激励なのだろう。いつも、この優しい妖精は俺に寄り添ってくれている。彼女の精一杯の気遣いを感じた。
「ふふっ、ベルさんも、立派な大人な女性だね!」
唐突な俺の言葉に、優しい妖精は、意味が解らず、それでもしどろもどろに胸を張って、『あ、当たり前じゃない』と大きな声で答えていた――