軽薄な魔術師、煽られる
男の言葉に、その場は静まり返った。
そして、自ら発した言葉が、その場の沈黙を招いた事の責任をとるかのように、自らが、軽快に話し始める。
「あぁ、ジョークにするには、あまりに現実の話しに近すぎたかな。ごめんよ、ナナシ君。」
わざと俺を怒らせようとでもしているのだろうか。それとも、本心からの言葉なのだろうか。
「さて、こんな冒険者くずれの気狂い学者に何のようだい? 正直な話、僕に関わっても、何も良いことはないと思うよ?」
自分の事を気狂い学者と呼ぶなんて……。こんな町外れに住んでいる事も不思議だし、何か彼にこうさせている物があるのだろうか。
「………ライト、確かにヴァンパイアロードは白髪で白い肌だったけど……、ただし、ヤツの瞳は確かに赤かったわ。」
進取な聖職者は、苦しげな表情をしているが、しかし、しっかりと魔術師の矛盾を指摘して、なにか凝り固まった考えに支配されているような目の前の学者を諭す。
「あぁ……、確かにそうだったね……。それにしても、あれだけ魔物のことを、嫌悪し、忌避し、そこの少年の事についても討伐対象になりうるとまで言っていた貴女が、どういう心境な変化でしょうかね?」
「――えぇ、確かにそうね。私は彼を魔物の子供と言って信用していなかった。それは紛れもない事実よ。でもね、あの部屋の主、ヴァンパイアロードが最後に私たちに向けて言った言葉。あの言葉がどうにも頭から離れなくて………。あなただって、そうだから、あんな論文を発表したのでしょ?」
ソーンは続ける。
「歴史を研究しているあなたにとって、アイツが言った言葉…… 、『お前達の勝手な思い込みと、騙され創られた歴史』。これは歴史学者として聴き捨てならない言葉だと、あなたもそう言ってたじゃない。」
「…………。」
「私だって、私自信が子供の頃から教えこまれ、ずっと信じ続けてきた太陽神の教えについて……、それが、それこそが事実である事を、しっかり自分の目で、耳で、頭で感じた事を使って、しっかりと判断しなくてはならないと、そう思ったから。だから、この少年と共に、ここに来たのよ。」
その言葉は、俺にとっても衝撃的だった。あれほどまでに頑なだった聖職者が、自分の原点である太陽神の教えについて見つめ直すというのだ。それほどまでに、使徒との邂逅は、今の彼女自身にとって、疑問を禁じ得ない事だったのだろう。
「この少年は、あの部屋の主に会うことができると言っているの。私は、もう一度、あの部屋の主に会って、あの言葉の意味を問いただしたい。今まで信じてきた私の常識、いえ、私の根幹を作ってきた物の何が偽りだというのかを。」
ゾーンは、今まで当たり前のように自分を支えてきたものが、揺らいでしまったように感じたのだろう。
パーティーがなすすべなく壊滅し、それなのに、悪なる神の使徒にあっさりと見逃された。逃げた自分が太陽神の教会にて神に祈り、問いかけたところで、疑問に対しての答えが聴けるわけもない。
誰かが、自分の揺らぎを止めてくれる。その答えを持っているなら、たとえそれが自分の心棒する太陽神の敵、悪なる神の使徒だとしても、その答えを聞いてみたかった。ただ、その一心なのだ。
「ソーン、君は自分の信仰に疑問を感じた、そう言うんだね。」
黙って聖職者の話を聴いていた魔術師が話始める。
「おそらく太古の昔から存在し続けているであろう、悪なる神の使徒ヴァンパイアロード。まさに神々の戦いの当事者であろう存在の言葉だよ。そりゃ、興味を惹かれて当然だろう。」
彼は静かに立ち上がり、古びたテーブルの周りを足早に歩き回りながら、自分自身の考えに酔っているかのように話し続ける。
「だいたい、何故ダンジョンに発生する魔物達は死体を残さずに魔石だけを残すのか。地上に入る魔物は、逆に魔石など残さずに死体を残すというのに。」
魔術師の話はどんどん熱を帯びる。
「あの部屋の主は、『素材や魔石を手に入れるだけなら、上の階で充分だ、さっさと帰りなさい。』と言った。これはどういう事だい? ダンジョンを犯しにくる者を排除する役目を与えられているはずの存在が言う言葉だとは到底思えない……。」
「そうよ。しかも彼は、『このまま帰るというなら、見逃してやろう。』と言って、私たちを追いかける素振りもなかった。私たちとの力の差は歴然で、全滅させることなど簡単だったはずなのに。」
「そこは、ケインの攻撃が効いていたとも言えるさ。だって、腕を切り落とされ、さらに必殺の一撃も喰らわせているのだからね。」
「そうね……。それはあるかもしれない。でも、あの部屋の主は、平気な顔でユウとパーンに止めを刺していたわ。」
ここで二人の会話が一瞬止まる。
「――まぁ、僕があの部屋の主の言葉に今まで研究してきた神々の歴史を大きく覆すような可能性を感じたのは、確かなご指摘だね。」
だからこそ、現在の歴史の常識が勝者によって作られ、勝者に都合の良い歴史になっているかもしれないと、そんな論文を魔術師大学の歴史学会に提出したんだからと。そう言い終えると、毛布がまとめてある長椅子に再び腰を降ろした。
「――ソーン、君の言う通りだね。歴史の謎を解き明かす、それは僕の至上命題さ。ナナシ君、僕ももう一度、あのヴァンパイアロードに会わせて貰えないかい? 勿論、危険は覚悟しているさ。でも、もしかしたら歴史の深淵に近づけるかもしれない。こんな機会はもう無いかもしれないからね。」
ソーンだって、危険なことは承知しているんだろと、柔和な顔に戻った魔術師、いや探究心に駆られた歴史学者は、俺に右手を差し出した。
「改めてよろしく頼みたい。僕はライト。歴史を研究している。多少、魔法も嗜んでいるがね。」
そう言って、僕の右手を強引に握った。
どうやら、ソーンさんとライトさん、そしてベルさんと、4人でダンジョン=レッチェアームに赴く事になったようだ。
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