頑固な聖職者、嘆く
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「部屋の主は、逃げる私たちに向かって言ったわ……。『お前達の勝手な思い込みと、騙され創られた歴史によって、ウカ様の尊い思いを塗り潰し、消し去り、自分たちの功績にしたばかりか、あまつさえ悪なる神と呼ぶなどと……。二度とウカ様の眠りを妨げてくれるなよ!』と――。」
ソーンはそこまで話すと、頭を抱えてまた叫びだした。
「ケインは腕を切り落としたのよ!? 最初の一撃だって、普通なら致命傷になるはずだった……。なのに平気な顔で動いていた……。ヴァンパイアロードは不死身、その伝説は本当だったのよ……。だから、悠久の長い時間、英雄と呼ばれた者達でさえ、ダンジョンの制覇も、悪なる神を封印することもできなかったのよ!!!」
それはあまりに悲痛な叫び声であった。
テーブルに突っ伏して震える聖職者に、俺は自分の腕を握りしめながら、見守ることしかできなかった。
さすがのおしゃべり妖精も、テーブルの上仁王立ちし、黙って彼女を見つめている。
「――どお? これで満足? どう考えてもケインが生き残ってるなんて考えられないでしょ?」
絞り出すように発せられた声は、いっきに力なく頼りないものへと変わる。それは、以前に会った時の真っ直ぐな芯を持つ、強い女性のそれとは全く違っていた。
「――辛い話を聞かせていただき、ありがとうございました。たしかに、絶望的な状況かもしれません。でも、僕はヴァンパイアロードに会わなくてはなりません。ケインさん達だけでなく、可哀想な少女も助けなくてはならないので。」
元から使徒には会わなくてはならないのだ。
ケインさん達の安否は絶望的かもしれないが、それでも俺はヴァンパイアロードに会って、ヒルコの企みを防ぐ手伝いをしてもらわなくてはならない。
「ソーンさん、僕は情報を少しでも多く集めたいのです。出来ればライトさんにもお話しを伺いたいのですが。」
目の前の聖職者は、ゆっくりと顔をあげた。
「………君は、使徒に会うことができると言ったわね……。」
その目は、まだ視点が泳いで定まらない。
しかし、一度目を瞑り、自分の気持ちを落ち着けたのか、次に瞼をあげると、しっかりとした芯のある強さをその目に取り戻していた。
「――私も一緒に使徒の所に連れて行きなさい。あの部屋の主、ヴァンパイアロードの最後の言葉が今でも頭から離れないの。私は善なる神々の一柱、太陽神に仕える聖職者。伝説の神々の戦いについても、善なる神々の教えの中に記されているわ。その中で、悪なる神を豊穣神などと呼ぶことはない……。『お前達の勝手な思い込みと、騙され創られた歴史』……、あの言葉の意味をどうしても知りたいの……。」
今まで頑なに与えられた信仰に従順だった頑愚な聖職者は、今、自分の信仰に疑問を抱いた。それは、現在までの自分の根幹を作りあげた知識や価値観、常識などを、敬虔な太陽神の信者である親やその大元である教会など、自分にそれを与え続けた物に対して、初めて逆らったいう事に他ならない。
自ら考え、動きだした進取果敢な聖職者は、姿勢良く立ち上がり、俺たちの前を歩きはじめた――
♢
――「ここが、ライトの研究室よ。」
町外れの古びた石造の家の前へやってきた。
その建物には小さな窓が一つと、扉が一つあるだけ。元は穀物倉庫だったという、とても簡素な建物だった。
学者であるライトは、パーティーの崩壊後、この建物に籠って、今までの冒険で調べた知識を論文にまとめているという。
元々彼は、歴史の研究者であり、神々の戦いについての研究をしていた。書物を調べるだけでは飽き足らず、その痕跡と云われているダンジョンを直接調べたいとパーティーを募集し、結果、『アイリス』に参加したのだそうだ。
「――ライト、入るわよ。」
徐に入り口の扉を開けて中に入るソーン。中は魔法で光を灯されたランプが数カ所に設置されており、窓が小さく少ないわりに、それほど暗くはない。
テーブルの傍にある長椅子に、ライトは薄い毛布を被って眠っていた。
「全く、こんなに散らかして……。ライト、起きて! お客さんよ。」
無精髭を生やしたその男は、おずおずと起き上がり、今まで寝ていた長椅子に腰をかける。
「やぁ、ソーンじゃないか。珍しいね、僕の所に顔を出すなんて……、ん!? 妖精族じゃないか!? どうしたんだい! 僕に会いにきてくれたのかい? 嬉しいな。お客様というのは彼女のことかい? 」
おしゃべり妖精を見た途端、無精髭の男は嬉々として話し始めた。そして、
「君は……、白い髪に、白い瞳……、あの時の少年か。なんだか、ずいぶんと逞しくなったな。」
後回しにされる事になったが、学者はソーンの後ろに立つ俺にも気づいてくれたようだ。俺の顔を見るなり、おしゃべり妖精の姿に喜び、はしゃいでいた男は、声のトーンを下げて語りかけてきた。
「――ヴァンパイアが僕になんの用だい? ケイン達なら、君の仲間に殺されたよ。君は、僕の事も殺しに来たのかい?」
その学者は、前に見た軽薄な雰囲気を残しながら、その無精髭の顎をさすりながら、明らかな侮蔑と怨みをこめた表情で、俺をヴァンパイアと言い切り、冷たい目で見つめていた――