頑愚な聖職者、叫ぶ
「あなたはっ! 冒険者になりたてのあなたがっ! ダンジョンの中層まで行けるとでも言うの!!」
助けに行くと言う俺の言葉に、ソーンさんは激昂した。あの時から一年、俺が成長したと言っても、ダンジョンの中層へ潜るなんて、ハッキリ言って難しい。
「すいません。確かに僕の実力で中層まで辿り着けるかはわかりません。でも、僕はケインさんに大きな恩があります。なんとか場所だけでも教えてくださいっ!」
「―――。」
俺は怒りに燃えるソーンさんから目をそらさない。
「ソーンさん。あなたはもう諦めたのですか?」
「―――。」
「僕はやれることをやります。」
「―――。」
「――おそらく僕はヴァンパイアロードに会うことができます。」
「!?」
「だから、その時の事を教えてください。」
「―――。」
俺はフェンリルさんとの事を話した。悪なる神の使徒たちの事、ヒルコの仮面と企みの事、行方不明の少女の事、そして使徒の眷属の事……。
善なる神々の主神の一柱である太陽神の教会で、その神を信奉する聖職者に、神々の伝説……この世界の常識を否定するような話をするなんて、頭がおかしいと言われて終わりかもしれない。
でも、ヴァンパイアロードに会うことができる可能性が高いならば、やらない理由はないはずだ。
「ソーンさん。僕が信用できないならそれでもいいです。でも、やれることをやらなくては、何も始まりませんよ。」
「―――。」
やっぱりダメか……。
「ヴァンパイアロードは、私たちに帰れといったの……。」
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
ケイン達、【アイリス】の面々は、とうとうダンジョン=レッチェアームの地下30階に到達した。
5人という少人数ながら、バランスの良いパーティー編成であり、また、聖職者であるソーンの浄化の力と、魔術師であるライトの火の魔法のおかげで、ゾンビ系統の魔物が多いこのダンジョンでも、しっかりと結果を出し続けていた。
そんな【アイリス】の面々の前に、ダンジョンの中には似つかわしくない、豪華な扉が現れた。
そのドアを見つけた時、普段無口な重戦士が突然走り出す。リーダーの剣士は慌てて後を追いかけ、他のメンバーもそれに続く。
しかし、重戦士は、みんなが追いつく前に、その扉を開けてしまう。
明らかに冷静ではない重戦士の行動に、他のメンバーの誰もが驚いたが、一人で中に送り出すわけにはいかない。次々に、扉の中に入っていった。
中には紳士然とした男が一人。
腰の後ろに腕を組み、こちらを見つめながら話し始めた。
『おやおや、君たちは、此処へ何をしに来たんだい。』
突然の事に驚き、メンバーの誰もが返答できずにいると、その男は言葉を続けた。
『素材や魔石を手に入れるだけなら、上の階で充分だろ? さぁ、さっさとお帰りなさい。』
それを聞いた重戦士が叫んだ。
「ウカ様の慈悲深い思いにも気付かず、ズカズカと土足でウカ様の眠りを汚す下郎共って言うんだろ!その言葉、一言一句忘れてはいないぞ!ヴァンパイアロード、覚悟しろっ!」
パーンはそう叫ぶや否や、自らの大盾を構えて男に突伸した。
『やれやれ……、前にも私に追い返された手合いですか。2度とウカ様の思いを汚すなと言ったはずですが……。ウカ様の慈悲を知らぬ愚者よ、帰らぬというなら容赦はせぬぞ!!』
そう言うと、男は自らの手首に噛みつき傷をつけた。すると、そこから溢れた赤い血が、宙に浮かび、そして重戦士に四方から襲いかかる。
重戦士に一斉に降り注いだ血の弾丸は、金属製の鎧を貫き、その身体から血を吹き出させた。
剣士は、重戦士を助けるべく、二人の間に飛び込み、弓使いは男に向かって素早く弓を打つ。
部屋の主は、煩わしげに弓を避けるが、その隙を見逃さず、剣士が切りかかる。
その一撃は、流石B級冒険者、見事な袈裟斬りが男の肩を切り裂く。そして、続け様に跳ね上げた剣は、男の右腕を切り飛ばした。
――やったか!?
その場の誰もがそう思った瞬間、重戦士から溢れていた血が、今度は剣士に向かう血の弾丸となり襲いかかった。血の弾丸を大量に背中から浴びた剣士はその場に倒れ伏した。
「ケインっ!?」
弓使いは、倒れた剣士をみて狼狽する。
剣士に駆け寄り、抱き抱えて叫んだ。
「ソーン!回復魔法を!早くっ!!」
その声に反応し、聖職者は慌てて回復魔法を詠唱し始める。魔術師も詠唱を完成させた魔法の火の矢を魔物に向かって放った。
最初に血の弾丸を受けた重戦士は、全身から血を溢れさせながらも、今度は剣士と弓使いの前に出て盾を構えた。
「俺は大丈夫だから! ケインに回復魔法を集中させろ!」
自身も重症であるはずだが、重戦士は剣士を優先させる。痛みが重戦士に冷静さを取り戻させ、自身の行いが今の状況を生み出してしまった事に責任を感じているようだ。
「ユウ! ケインをこちらに退避させて! パーン! あなたも下がりなさい!!」
聖職者は体制を整えようと叫んだ。魔術師も前衛が後退できるように、援護の為に魔法の火の矢を放ち続ける。
『このまま帰るというなら、見逃してやろう。ただし、その重戦士殿は別だ。私の忠告を聞かず、二度もウカ様の眠りを妨げようとしたのだからな。』
それに対して、回復魔法が間に合い息を吹き返した剣士が叫ぶ。
「パーンだけを置いていけるか!仲間は死んでも守る!!」
すると、男がやれやれといった表情で残った左手を振りかざすと、先ほどから男の周りに浮かんでいた血の弾丸が再び剣士と重戦士を貫き、剣士を庇おうとした弓使いをも全身を血に染めた。
仰向けに倒れる剣士と重戦士。弓使いも剣士に被さるように倒れる。
――とても勝てる相手ではなかったのだ。
「ぐっ……、俺たちはもうダメだ……、二人は逃げてくれっ!」
重戦士と弓使いはすでに絶命しているようだが、剣士は何とか立ち上がった。
「リーダー命令だ! お前たちは逃げろ!」
その声に突き動かされるように、恐怖で頭が麻痺してしまった聖職者と魔術師の二人は、入ってきた扉へと走った――
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