忌み子と狐憑き
俺は今、新月村へ向かって歩いている。
気は急くが、氷狼からは、今更慌ててもしょうがないと言われた為、歩きながら考えを整理している。
この国にダンジョンは5つあり、それぞれのダンジョンには悪なる神の使徒が守護している。
リンカーアームには、フェンリル。
レッチェアームには、ヴァンパイアロード。
インビジブルシーラには、ハイエルフ。
ファーマスフーサには、エンシェントドラゴン。
そして、首都にあるヘルツプロイベーレには、ヒルコという名のカオススライムがいるそうだ。
サムギルド長の話では、使徒カオススライムは、悪なる神ウカの変わり果てた今世の姿であり、元々の姿は多尾の狐の女神であったと云い伝えられているという。
ただ、フェンリルさんのあやふやな言い方からすると、なんとも本当なのか嘘なのかの判断がつかない。そして、何故かヒルコとその他の使徒とは敵対しており、かなり情報が混沌とした状態だ。
そして、ヒルコが仮面を使い、その支配の手に落ちようとしているナギちゃんを助けなくてはならない。俺には『アンチ』の能力によって、ヒルコの仮面の影響は受けないようだし、ミイラ取りがミイラになるなんて事はなさそうだ。
でも、ナギちゃんを助ける為には、新月村に行くことのできないフェンリルさんに変わり、ヴァンパイアロードのブラドさんに協力を頼まなくてはならない。ヴァンパイアロードの眷属にしてもらうのだ。そうすれば、ヒルコに支配されて操られることは無くなるそうだ。
フェンリルさんの話では、とっくに助けに動いているだろうと言っていたので、まずはナギちゃんの様子を見て、もし村で酷いイジメや嫌がらせにあっているようなら、俺が連れ出そうかと思っている。
アリウム=ナナシの両親が受けた迫害の件があるからね……。
ナナシ=アリウムの両親が使徒の眷属だったというのは驚きだった。この容姿が、実は使徒の眷属の血を引いている為だとは……。どこでどう周れば、こんな縁ができるのか、本当に不思議な事だ。
もう一つ、俺は精霊達との「共感力」がとても高いらしい。そのおかげで精霊との契約が上手くできている。しかも複数の精霊と。この力はおそらくは第一の才能に追加された『エンパシー』のおかげだと考えている。
みんな、俺の魔力を喰って存在を維持しているみたい。生まれた時から強制的に魔力を使い続けさせられた事によって、いつの間にか大きく増えていた魔力量が存分に活きているようだ。
あの後、フェンリルさんが教えてくれたのだが、精霊達に俺の魔力を大量に与えている為、精霊達の「位」が上がっているらしい。フェンリルさんも、実は氷の上位精霊だという。『いずれは俺とも契約できるかもな!』なんてびっくりする事を言っていた。もしもそうなれたら凄い!
俺の才能『アンチ』と『エンパシー』。
この二つの才能が、ヒルコの支配を跳ね返し、精霊達との縁を繋いでくれた。
今まで苦労ばかりだったけど、もしかしたら、これからは上手く活かせるのではないか、と冒険者としての道が開けそうにも感じている。
さて、もう少しで新月村に着く。
今回は素直に村に受け入れてくれたらいいけど……。
♢
「―――。」
「―――。」
「―――。」
新月村に着くと、今回はあっさりと中に入れてもらえた。だが、俺に対する敵意のようなものは、前に来た時とあまり変わらないようだ。元々、強烈な差別意識を持たれていたのだから、予想通りといえば、予想通りだ……。
まるで、初めてこの村に来た時のように、みんな物陰に隠れてしまい、道では村人とすれ違うこともないまま、ナギの家に着いた。
♢
「――ヒロさん……。ナギは居なくなってしまったの……。」
ナギの家に着いて、真っ先ににナギの母親が発した言葉だ。
えっ!?
もう既にヴァンパイアロードが動いてくれて、彼の眷属にしてもらい、そのまま村から連れ出されたのだろうか。
それなら、今回のヒルコの悪巧みの件は解決だ。
そう考えた俺は、ナギの母親の言葉に少し安堵しかけたのだが……。
「誰かが、助けにきてくれたんですね?」
「―――。」
沈黙がその場を支配する。
そこに、俺の到着の知らせを受けた村長がやってきて話を切り出した。
「ヒロ君……。ナギは狐憑きになって飛び出していったのだよ。助けは、間に合わなかったんだ……。」
どういう事!?……、ヴァンパイアロードは動かなかったのか!?
ナギの両親は涙を流すばかりで何も言わず、村長もそれ以上は話さなかった。時が止まってしまったかのようだった――