若筍冒険者、追い出される
俺はほとんどの財産をリュックに入れて持ち歩いている。だから部屋にあった荷物は少ない。おしゃべり妖精の荷物なんてものは言わずもがな。
しかし、なんで外に?
小さい木箱に乱暴に詰め込まれた俺の荷物は、朝露に濡れたのか、しっかりと濡れた状態で無惨に晒されていた。
「おう、やっと戻ったか。お前の部屋なんだがな、借主からの代金が送られてこなくなった。ケインの顔を立ててお前さんを住まわせていたが、金の切れ目が縁の切れ目。出て行って貰う。」
なんと、まさかの強制退去……。
ていうか、ケインさんからの賃料の払込みが止まったって、どういう事だ? ケインさんに何かあったのだろうか。
「もともと、お前を部屋に住まわすのは、嫌だったんだ。まったく、魔物の子供のくせに、人様と一緒に暮らそうだなんて……。」
優しい妖精は怒っているが、正直、言われ慣れている悪口なんかはどうでもよかった。それよりもケインさんの事が気になってしょうがない。冒険者は危険な仕事だ。いくら高ランクの冒険者だとしたって、万が一のこともある。そういう世界なのだから。
(たしか、ケインさん達はレッチェタウンに行ったはず。あっちに行ったら探してみよう……。)
また一つ、考える事が増えた。
ケインさんは、俺の大恩人だ。なんでもないならそれで良いんだ。でも、何かケインさんの身に起きているのなら、俺の力で助けになるかはわからないが、出来ることはなんでもやるつもりだ。
まぁ、『アイリス』の他のメンバーがそれを許してくれたらだけど……。
益々、急ぎの旅になる。
おしゃべり妖精は、飽きずに宿主に向かって叫び続けているが、俺はすでに気持ちを切り替えていた。宿主に向かって一礼し、何も言わずに自分の荷物を持って、さっさとダンジョンへと歩き出した。
気持ちは焦るが、まずはダンジョンに行って氷狼に合わなくては。
♢
木箱を抱えたまま、俺はダンジョンの入り口をくぐった。よく考えたら、ダンジョンへ来いと言われたけれど、ダンジョンの何処にとは言われていない。まさか、最奥までということはないよね……。
ちょっと挙動不審にウロウロしていると、目の前に狼の魔物が現れた。
――また地下1階に狼の魔物が!?
カヒコが襲われた時を思い出してしまい、身体に緊張が走るが、その狼の魔物はついてこいとばかりに反転して歩き始めた。
俺は意を決し、後ろについていく事にする。
狼の魔物は、数歩歩くたびにこちらを振り向き、ついてきている事を確かめながら進んでいく。
すると、ダンジョンの中に、見覚えのない扉が現れた。地下一階には何度も挑んだが、こんな扉は無かったはずだが……。
狼はその扉の前で座っている。ここに入れということだろう。
「失礼します……。」
意を決して扉を開けると、そこはおよそダンジョンの中とは思えない、モダンな佇まいの部屋であった。質の良い家具が置かれ、お茶のセットまである。そして奥にある大きめのロッキングチェアに氷狼は座っていた。
『おぅ、ジヌの息子、やっときたか。まぁ、そこに座って、お茶でも飲んでけ。』
早く旅立ちたい気持ちはあったが、色々な情報を持っているであろうこの男とは、しっかりと話さなくてはならない。勧められるままに、テーブル脇のソファに腰をかけた。
『ジヌの息子。お前、名前は?』
もともとの名前は知らない。孤児院ではナナシと呼ばれていた。そして、今はヒロと名乗っている。そう話すと、氷狼は、さして過程には興味がないのか、ではヒロと呼ばせてもうと言ってお茶を啜った。
『そっちの妖精は、もと風の少女=シルフか? 火蜥蜴=サラマンダーに、土小鬼=ノーム、波の乙女=ウィンディーネまでいるのか。ヒロ、お前はずいぶんと精霊たちに好かれているとみえる。』
ベルさんは、元々風の少女=シルフだったのか。精霊の中から生まれてくるって聴いたけど、本当だったんだな。
『お前はもう1人、ヒルコの仮面を被せられた子供が居ると言っていたな。正直な話、もしブラドの奴が気づいて処理していなければ、すでにヒルコの分身体に支配されているだろう。まぁ、奴が動かない事はないと思うが……。』
やはり、新月村にナギちゃんの様子を見に行ってから、すぐにヴァンパイアロードを探さなくてはならないな。ただ、すでに動いてくれてないと、ナギちゃんを助ける事が難しいようだ。
どうか助かってくれていて欲しいが、あの村の人達が受け入れているかどうか……。
『とりあえず、ブラドと繋ぎを取る為に、お前に一人精霊をつけてやろう。おいっ!霜男=ジャックフロスト、出てこい!』
そこに現れたのは、小さな雪だるまだった。