ダンジョンと使徒
「えっ、それってどういう事です!?」
俺はあまりの衝撃に、すぐさま氷狼へ聞き直した。
『どういう事も、こういう事もねぇ。そういう事だ。』
そういう事って……。
この世界のダンジョンに関する知識は、神々の戦いから始まる伝説により言い伝えられているもの。
その伝説を信じて、人々はダンジョンと向き合ってきたのだ。
もし、その話が全くのデタラメだとしたら、過去から現在まで、ダンジョンに挑み続けていた冒険者たちの冒険にどんな意味があったのだろうか。
『だいたいだな、これだけの長い間、お前たち地上人がダンジョンに挑み続けているのに、ダンジョンの最奥に辿り着いた者がいないなんて、可笑しな話だと思わないか? まぁ、そうやって挑み続けることに意味があるんだが………。』
氷狼は細い目をさらに細めて、俺を見つめた。
『まぁ、お前がもっと強くなって、ダンジョンの守護者である俺と戦えるくらいになったら、色々と教えてやるよ。――お前は俺の子供みたいなものだしな。』
――っ!? どういう事!?
俺が心底意味がわからないという顔をしているのを、氷狼は不思議そうに見ながら、再びとんでもない事を言い出した。
『お前が匂いを隠さなくなったからわかったんだが、その瞳の色と匂い……、お前はあいつの……、ジヌの子供だろう。――ジヌ、俺の眷属だった男だ。まさか、ジヌの子供に会えるとはな……。』
なんと、それが本当なら、ヴァンパイアの眷属である母親と、フェンリルの眷属である父親の間に産まれた子供が、ナナシ=アリウムってこと!?
衝撃的すぎる内容に、頭が真っ白に……。
白い髪に、グレーの瞳……、いつも苦労していたその容姿、それが使徒の眷属である二人の血を引いていたからだったとは……。
――でもアリウム、君は両親に捨てられた訳ではなかったようだよ。
君の両親は計らずも災難に襲われて命を落としてしまい、そして、君は薄情な村の人間の手によって孤児院へと捨てられた。
その事実は、今まで両親へと抱いていた、悲しく悔しい負の感情を拭い去るに余りある情報であった。本当なら、君には両親がつけてくれた名前もあったのかもしれない。今となっては、知ることはできないが……。
でも、両親が、アリウムとの幸せに生活していこうとしていたのに、突然襲ってきた悲劇だったことは確かだろう。
「――そうですか。僕の両親は2人とも使徒の眷属だったのですね……。」
新月村で聴いたアリウムの両親の話を氷狼に伝えると、『ふ〜ん、不思議な縁もあるもんだな。』と、遠くをみながら呟いていた。
「ところで、新月村にも、ナミちゃんのように、ゴブリンに仮面を被せられて眠っている子供がいるんです。フェンリルさん、その子も助けていただけますよね?」
『――悪いが、新月村には行けない。あそこはブラド……、ヴァンパイアの野郎の管轄だ。俺たち使徒は、お互いがお互いに近寄ることができないような縛りを受けている。だから、新月村の嬢ちゃんを助けたいなら、ヴァンパイアの野郎を引っ張っていかなくちゃならねぇ……。わりぃな……。』
使徒同士は会うことができないのか……。全てが自由という事ではないのだな。なんでそんな縛りがあるのか、不思議で仕方がないが、その理由については、教えてくれる気はないようだ。
『まぁ、ブラドに限ってヒルコの嫌がらせに反応していないって事はないだろうさ。アイツの事だ。もう既にその嬢ちゃんの所に行って対処してるんじゃねぇか。いつもアイツが、一番率先してヒルコの企みを防ぐために動いているわけだし。』
もしそうならいいのだけど……。
「わかりました。僕はこの後、ヴァンパイアロードのブラドさん? を探しにレッチェタウンに向かいます。」
まずはリンカータウンに戻って冒険者ギルドに報告して、新月村はレッチェタウンへの道の途中にある村だから、通りがてらナギちゃんの様子を確かめて、レッチェタウンに行ってヴァンパイアを探して………。なかなか盛りだくさんだ。うん、急がなくちゃな。
♢
ひととおり氷狼との話を終えて、ナミの家へと戻る。なんか、あまりに今までに聞いてきた常識から外れた情報が多すぎて、未だに整理しきれていないくらい衝撃的だったが、アリウムのルーツを知ることができたのだ。良い風に考えよう。
「ねぇ……ヒロ……。」
ナミの家の前まで来たところで、いつの間にか家の中から外へ出てきていたアメワに突然呼び止められた。
深刻そうな表情で立つアメワからは、カヒコの死の悲しみから、すでに立ち直っていると勘違いしていた俺には、読み取ることができなかった感情が溢れ出す。
アメワは氷狼をキッと睨みつけながら話し始めた。
「――氷狼のフェンリル……。ダンジョン=リンガーアームの守護者……。悪なる神の使徒……。あなたのせいでカヒコは殺された……。あなたがっ!あなたが――っ!!」
その顔は、とても暗く冷たい……、普段の凛として綺麗なアメワとはまるで別人のようだった。