覚悟
ナミの両親が深く頭を下げると、ナミの両親に集まっていた視線が、今度は一斉に切れ目の男へと集中した。
『――わかった。』
切れ目の男は、一拍の間を置いてから了承の旨を示し、そのままナミの側に来て、その場にいる一同を徐ろに見まわした。
『もたもたしてると、ヒルコの野郎に出し抜かれちまうからな。早速やっちまうぞ。――おぃ、そこの白髪の小僧。お前、ヒルコの仮面を持ってるだろ、さっさと出しな。』
ヒルコの仮面……あの、ゴブリンが被っていた仮面のことか。あれには、やはり何か仕掛けがあるのか。
俺はリュックに入れてあった仮面を取り出した。
『おぅ、それそれ。お前はその仮面持っていてもなんともなかったのか? そいつはヒルコの能力で作られた、あいつの分身みたいなもんだ。そいつに触れるとヒルコの支配の力が発生して、仮面を目的の子供に被せようとしちまうんだが………、お前は大丈夫そうだな?』
そう言いながら、切れ目の男は仮面を受け取ると、こんなもの、さっさと壊しちまうに限ると言いながら、その手で握り潰し粉々にしてしまった。
『白髪のガキにも色々と聞きたいことがあるが、まずはこの嬢ちゃんだ。やるぞ。』
そう言うや否や、誰からの返答も待たずに、眠り続けている少女の首に噛みついた。
周囲は一瞬驚いたが、圧倒的上位の存在のやる事に異論を挟むことはできず、皆一同に手を握りしめて見守り続ける。
それは時間にして3秒程。しかし、しんと静まりかえった部屋では、とても長い時間に感じた。
『――これでこの嬢ちゃんは俺の眷属となった。ヒルコの仮面に触れていない分、小一時間もすりゃ目を覚ますだろう。』
その言葉に、弾けたように動き出したナミの両親は、すぐにナミに縋りつく。そして、涙を流しながら切れ目の男に感謝の言葉を繰り返した。
元魔術師の少女はその場にへたり込み、優しいおしゃべり妖精は普段の賑やかさを取り戻し、きゃあきゃあとナミの周辺を飛び回って喜んでいる。
俺もホッと胸を撫で下ろし、ずっと張り続けていた緊張を解いた時、切れ目の男は、皆んなに気づかれないように家の出口に向かいながら、一緒に外に来るようにと静かに目配せをした。
♢
『――よう、来たな。』
切れ目の男は、家の壁に寄りかかって待っていた。部屋に入ってきた時の表情と違い、顔は無表情。近寄るのが憚られる雰囲気に尻込みするが、付いてこいという男の言葉に逆らうことはできなかった。
ナミの家の脇にある薪小屋の前まで来ると、徐に薪台に腰をかけ、切れ目の男は俺と向き合った。
『まぁ。さっきも話したが……、俺は豊穣神ウカ様の使徒、氷狼のフェンリル。お前たちの言っている、所謂、悪なる神の一味の一人って奴だ……。』
氷狼のフェンリル。おそらくは伝説に登場するような相手を前に、俺は改めて汗が吹き出す。そんな相手が俺だけを外に呼び出すなんて、いい想像ができるわけがない……。
『――ところでよぉ、お前は何者だ?』
先程までの無表情とは違い、切れ目の男は殺気をも含んだ眼光を宿し、有無を言わせぬ雰囲気で俺を睨みつけていた――