月の村と狼
『ククククっ………。』
何がそんなに可笑しいのか、自らを【悪なる神の一味の一人】と名乗った男は、腹を抑えながら、笑い続けている。
『なによっ!あんた、何が可笑しいのよ!』
おしゃべり妖精は、両手を振り回して講義する。
『いやぁ、わりぃわりぃ……。お前らがあんまりにも俺にビビってるから、可笑しくてよ。俺が悪なる神の使徒と聴いて、そんなに怖いかよ。』
そりゃあ、所謂伝説では、悪役となってる存在だもの。ダンジョンの最奥で悪なる神の身体を守り続けていると伝えられている存在が、地上の、しかも自分たちの目の前にいるのだ。
「――あなたは、人ではないのですか?」
俺はやっとの事で声を発した。目の前にいる使徒は、どう見ても人の姿をしている。俺と同じ白い瞳という点以外は……。
『だから、使徒だって言ってるだろうが! 耳をかっぽじってよく聞いとけ! 俺は氷狼のフェンリル。豊穣神ウカ様の使徒だ。何度も言わすんじゃねぇ、恥ずかしいじゃねえか……。』
モゴモゴと尻すぼみな態度に、少し恐怖が遠退いた。
「あ、あの……。悪なる神の使徒とは、ダンジョンの最奥に居らっしゃるのでは無いのですか?」
冷静になったのか、アメワが使徒を名乗る切れ目の男に問いかけた。俺は警戒して障壁に力をこめた。
『はぁ? 誰がそんな事決めたんだよ。目の前に居るじゃねえか。だいたい、あの陰険な吸血野郎だって人里にちょっかい出してるだろ?お前らさっき話してたじゃねえか。』
確かに……。ダンジョンを護る悪なる神の使徒が、新月村でアリウムの母親を助けているということは、ダンジョンの外に出て、人里にまで訪れているという事になる……。
『だからよ。お前たちの勝手な常識で俺たちのやる事を決めつけるなっての……。』
自分たち使徒の存在をお前らの常識だけで考えるなと……なんだろう。今まで俺が周りの人々に感じていたモヤモヤと同じ感じがして、既視感を感じてしまう。
『ん!? お前。急に匂いがしなくなったな……何かしたのか?………お前、うちのダンジョンに良く来てる白髪頭か?そうか、お前があの時の……。』
突然独り言を言い出す切れ目の男。
『まぁよ、まずはそっちの嬢ちゃんの事が先だ。その嬢ちゃんは、ヒルコって性悪スライムの操り人形にされそうになっている。そのままだと、ヒルコに呼び出されてどっかに行っちまうぜ?』
また知らない名前……。近頃、わからないことばかりが増えている。
『俺の眷属になれば、それは防げる。あの性悪野郎の好き勝手にはさせたくねぇしな。』
切れ目の男は続けた。
『ただし、この俺の眷属……氷狼フェンリルの眷属になるってことは、人では無い、狼鬼として生きる事になる。それでも良ければ、俺がその嬢ちゃんを助けてやろう。』
性悪スライムの作りだす操り人形と違って、俺は人格を縛ったりはしないし、助けた後は勝手に生きればいい。俺は性悪スライムが悪巧みをしてるのを許せないだけだと、切れ目の男は続けた。
元々、使徒を探し出してナミちゃんと、ナギちゃんを救うつもりだったのだ。目の前に、その目的の相手がやってきてくれた。俺たちに依存はない。
その場にいる全員の目が、ナミの両親に集まる。
ナミの両親に改めて決断を迫ったのだ。
「――私たちの答えは先程と何も変わりません。どうかナミを助けてください……よろしくお願いします。」
ナミの両親は深く頭を下けた――
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