寄り添う決意
三日月村に到着した俺たちは、すぐにナミちゃんの家に、その様子を見にいった。
「お〜……、アメワ、何かわかったのかい?」
ナミは、ゴブリンの祭壇前に寝かされていた時のまま、寝息は立ててはいるが、全く身動きしないまま眠り続けていた。
ナミの両親は、見るからに憔悴していたが、新月村から戻ったアメワの報告に一縷の望みを託しているようだった。
新月村での祟りの話について、すべてを話してしまえば、もしかすると三日月村全体に恐怖を与えてしまいかねない。下手をすれば、ナミちゃんに危害が加えられてしまう。
だから、ナミちゃんの今後の安全を考え、ナミの両親にだけ、新月村での事を話すようにしようと、事前に三人で話し合って決めていた。
「――おじさん、おばさん。今戻りました。」
アメワは、新月村でもゴブリンによる襲撃があったこと。ナミと同じように昏睡状態にされてしまった少女がいること。そして、悪なる神の使徒が、その昔、同じ状況の娘を自分の眷属にすることによって助けたという話を順を追って話していった。
そして最後に、使徒の眷属になってしまえば、命は助かったとしても、人としての人生は送れなくなってしまうだろうとナミの両親に伝えた。
「ヴァンパイアの眷属になれば、その身は人では無くなります。人は自分と違うものに恐怖し、遠ざけようとするものです。おそらくナミちゃんは、この村で平穏に暮らす事は難しくなるでしょう。」
アメワは続けた。
「それでもお二人は、この方法によるナミちゃんの回復を望みますか?」
一瞬、沈黙が部屋を支配する。
「――親は子の幸せを望むものです。でも、それはしっかりと生を享受してこそ。私たちは、ナミが元気でいてくれたらそれで良いです……。」
ナミの父親は、俺たちの方に向き直り、静かに答えた。ナミの母親もナミの手を握りながら、何度も無言で頷いている。
「――僕は、生まれてからずっと、みんなから嫌われ、虐げられてきました。それは、その経験のない方々には想像できるものではないと思います。それでも、この道を望むのですね?」
誰よりもその苦しみ、悲しみを知っている俺の言葉に、ベルもアメワも目を瞑って両親の答えを待った。
「――はい。ナミと一緒に……、私たちもその運命に抗い、寄り添い続けるつもりです。」
ナミの両親の固い決意を聴き、俺も死力を尽くしてナミの回復の手伝いをすることを誓った。
その時だった――
『――その願い、聴き届けてやろう。お前たちのその覚悟、俺がしっかりと受け取ったぞ――』
誰もが突然頭の中に響く声に驚いた。
後ろを振り向くと、部屋の入り口に痩せた男が立っていた。
銀髪に切れ長の目、猫背だが、それでも俺よりだいぶ背の高いその男は、小綺麗なグレーの紳士服のポケットに両手を突っ込んだまま、入り口から歩いてくる。
俺もアメワも、その男の圧倒的な迫力に気圧され、全く動くことができない。それどころか、声すら発する事ができなかった。
『ちょっとあんた! なんなの!? 何者??』
おしゃべりな妖精だけが、その圧力を感じないのか、持ち前のおしゃべりで相手に質問を繰り出す。
『おぅ、元気な妖精だな! な〜に、同胞よ、お前らに危害を加えにきたわけじゃねぇ。この村から俺の大嫌いな匂いが漂ってきたからよ、ちょっとちょっかい出してやろうかと思ってな。』
その男は、その切れ長で白い瞳をますます細め、ニヤリと八重歯を見せて笑った。
緊迫した雰囲気の中、今起きている事に理解が追いつかないでいる俺たちに、その切れ目の男は言い放つ。
『俺は豊穣神ウカ様の使徒、氷狼のフェンリル。お前たちの言っている、所謂、悪なる神の一味の一人って奴だ。』
突然の来客だった――
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