出ていくメイド
「………懐かしい夢を見たな……」
あれはこの異世界に来る前の出来事だ。
まだママと一緒にいて、ママにベッタリだった頃。
それから10年。未だにママは帰ってこない。
ここで待っててと言われて待ち続けた。ダメイドと言われても必死になって頑張ってきた。
だけどそれも今日で終わり。
前のご主人様の時は私をメイドとして雇ってくれたとてもいいご主人様。だからそのご厚意を返すためにも頑張ってきた。
だけどいまのご主人になった途端に私はメイドとして解雇されるのだ。
でもこれは私が何も出来ないメイドだからいけないのだ。
それがなによりも情けなくてツラい。
ご主人様に言われた時はまるで他人事のように聞こえていたけどいまになってこれが自分の事なんだと思うと………
「………………ママ………」
どうして帰ってこないのか??
理由は分かっている。分かっているけど、それでも手紙の一つぐらい送ってほしかった。
なにか安心する材料があればここで待たなくてもやっていけるのに………
そんな事を考え始めると自然に涙が溢れてきて止められなくなってしまった。声を押し殺して涙を止めようとしたけど全然ダメで……
「……シズク……」
「………ママ、どうして帰ってこないの……」
起こしてしまったユイとリファーが泣いている私を心配そうに見ている。心配かけないように涙を止めようとするけど余計に涙が出てしまう。
「……私、悪いことしたかな……」
「してないわよそんなこと!!」
「……すて、られた……のかな……」
「シズク!!絶対にそれだけはないわ!!」
慰めようとしてくれる2人。
それでも私の中では悪いことばかりが頭を駆け巡る。
「……ママ……死んじゃったり……してないよね……」
「「!!!シズクッ!!!」」
抱きしめてくれる2人。
そんな2人に私は声を我慢することが出来ずに大声で泣き出してしまった。これはメイド長に怒られるだろうという声で……
それでも2人は止めようとはせずに、何も言わずに私を力強く、そして優しく、朝まで抱きしめてくれた。
いつの間にか私達は寝てしまっていた。
2人よりも先に起きた私は、なんとなく2人を起こすのが出来ずに起こさないように着替えを済ませて今日まで3人部屋だった部屋から荷物を持って出ていった。
メイドの仕事でもまだ早い時間。
太陽もまだ顔を出していない時間のお屋敷はとても不気味でちょっと怖い。
この怖さが昔は苦手でよくユイとリファーについてきてもらいながらトイレに行っていたことを思い出した。
ここは沢山の思い出がある。
そのほとんどが3人で過ごした日々。
メイドとしてダメな私をフォローしてくれた2人には感謝して感謝しきれない。
あのお守りもそんな大切な2人に渡したプレゼント。
そしてその時に別に渡したプレゼントは
「あっ」
そんな事を考えていると調理室のから光が漏れ出している。こんな時間に誰が、…と思い覗いてみると
「メイド長」
「あら、シズクは本当に早起きですね。まさかこんな時間にとは思いませんでしたが」
そこにいたのはメイド長だった。
確かに私は早起きで太陽が出てくると同時に向こうの世界でやっていたラジオ体操をしていた。
ユイとリファーには「何をやっているの?」と言われて朝から身体を動かすと1日気持ちいいよ。と誘ったけど一度も来たことなかったなー
それをメイド長は知っている。
一緒にラジオ体操をしたことはなかったけどたまにラジオ体操が終わった後に紅茶を用意してくれたことがとても嬉しかった。
「メイド長は何を……」
「シズクに持たせるお弁当ですよ。
ここから半日以上かかるのですよ。キチンと食事を取らないとメイドとして失格です」
隣町まで歩いて半日。馬車ならもっと早く着くがたかがメイドにそんなことしてくれるわけがない。
だからお弁当を用意してくれるのはとても嬉しいが……
「で、でも、私はメイドをクビに……」
「なら何故今もメイド服を着ているのですか??」
「えっ。あっ!!」
パジャマから着替えていた時、ここに来るまで、自分がメイド服を着替えていたなんて気づかなかった。あまりにも普通に着替えいた。
「それだけ気づかない程に貴女はメイドなんですよ。ご主人様に何を言われても貴女はの心はメイドなのです。だったらそのメイドとしての心はしっかりと持ち続けなさい」
そのメイド長の言葉は、とても嬉しかった。
こんなダメなメイド、ダメイドなのに、それでも私はまだメイドでいられる。
なによりも欲しかった言葉を言われて、さっきまで泣いて枯れたはずの涙がまた溢れてきた。
「何を泣いているのですか??
これから1人ではお店を開くのですよ。うまく行かないことばかりです。これぐらいで泣いていたらお店を繁盛させるなんて夢のまた夢ですよ」
「………繁盛出来るのは、前提なんですね……」
「えぇ。貴女は出来る子なんですよシズク」
その言葉にもう我慢出来ずに泣き崩れてしまった。何も出来ないと思っていたメイド。それを肯定してくれて、これからの事も信じてくれるメイド長が本当に嬉しかった。
そんな私を優しく抱きしめてくれるメイド長。
どれくらい泣いたか分からないけどいつの間にか太陽が出てきてお屋敷の中も明るくなってきた。
「もう泣き止みなさい。
そろそろ出ないとお昼までに隣町には着きませんよ」
「……はい」
「安心しなさい。
貴女の母親が来たらすぐに伝えます。隣町で立派にお店を開いて頑張っていると伝えますから」
「はい!!!」
もう不安はない。
ここまで信じてくれるメイド長の為にも、優しくしてくれた友達の為にも私は隣町で頑張らないと!!
「お弁当です。お昼前には食べなさい。
そしてとにかく宿を見つけること。そしたらゆっくりとお店を開く店舗を見つけなさい」
そんな事をいいながら一枚の紙を私に渡してきた。何かなーと中を見てみると
「これって…」
「紹介状です。ギルドにいる"アイル"という子に私から、リリーサから話をしたら色々と良くしてくれます」
それは私を手助けしてくれるように。という紹介状だった。それにギルドは隣町の中でも二番目に権力のある所だ。そんな所のアイルという人が私の為に……
「い、いいんですか??」
「シズク。何も知らない貴女が1人でお店を開けるとでも本気で思っていたのですか??」
「あ。あ、アハハ……」
「貴女も母親に似て抜けている所がありましたね……とにかくアイルは私の友人です。きっとお店を開いた後も色々と手伝ってくれますよ」
メイド長は私の母親の知り合い。らしい。
友達かと聞いたらママもメイド長も「違う」と食い気味にいうから違うらしい。
それでもここまでママの子供である私に対して良くしてくれた。やっぱり2人は友達だ。
「メイド長も、来てくれますよね??」
「そうですね……隣町イチのお店になったら、行きましょうか」
「絶対だからですね!!
ご主人様に何を言われてもきてください!!」
「はいはい。分かりましたから早く行きなさい」
メイド長と約束をしてお屋敷の出入口に向かう。その間もメイド長と色々とお話しながら向かっていると出入口にユイとリファーの姿が
「もうー!!シズク!!!黙って出ていくつもりだったのッッ!!!」
「それは流石にヒドいんじゃない??」
「ご、ごめんなさい……でも、よく起きれたよね??」
そう。この時間はまだ2人は寝ている時間。
薄っすらと眼の下にクマがあるのが分かるほどに。
「友達がお屋敷から出て行くのよ??」
「寝ている暇なんてないわよ!!」
「……グッスリ寝たいのに??」
「「シズクッ!!」」
「ゴメンゴメン。ありがとうね2人とも」
素直に嬉しかった。
普段は絶対に起きない時間なのにそれでもこうしてメイド服を着て私を待っててくれた。
2人に誘われてお屋敷から出てみるとそこには
「み、みんな……」
「メイドは私達だけじゃないのよ」
「みんなシズクとお別れしたかったの!!」
お屋敷の門までの道にメイドが両側に並んで待っててくれていた。正直ユイやリファー以外のメイドには、私という存在は邪魔だと思っていた。いつも迷惑ばかりかけてため息や悪口だって聞いたことがある。
なのにどうしてみんなが……
「シズク。勘違いしてるみたいだけどみんな貴女が一人前のメイドになることを期待していたのよ」
「えっ。」
「やっぱり勘違いしていたー実際に出来ていないんだからため息も悪口も出るよー。それでもシズクと私達は同じメイドで仲間なんだから!!」
もう、泣かないと決めていたのに。
またしても涙が溢れてきた。ずっとメイドとしてダメだった私を邪魔だと思われていた。と思っていたいたのに……こんなことって……
それからゆっくり門に向かいながら歩き、メイド1人1人に「頑張りなさいよ」「負けちゃダメだからね」「いつかお店にいくからね」とか励ましの言葉をくれた。
私はこんなにも恵まれていた。
ダメなメイドなのにこんなにも愛されていた。
これだけでこの10年間が色鮮やかになるなんて……
門にたどり着く頃には流した涙も止まり、すべてのメイド達と短いながらも話が出来た。
そしていよいよお別れの時。
するとメイド長を中心に隊列が始まった。
これはこのお屋敷にお客様が来る時に行う挨拶の隊列
そしてメイド長が私に向けてこう言ってくれた。
「シズク。今度ここに来る時は貴女は私達のお客様。めいいっぱいおもてなしをさせてもらうわ」
「め、メイド長……」
「またのお越しをお待ちしております」
「「「「「お待ちししております!!」」」」」
「……は、はい!!絶対に戻ってきます!!!!」
最後にこんなサプライズをくれたメイド長に感謝しながら、またこのお屋敷に、今度はお客様として来るんだと誓いながら隣町に向けて歩き出した。
そんな様子を、お屋敷の大部屋から眺めるここのご主人は
「……なにをやってるんだか……」
興味のない視線を送りながらもう一眠りしようとベットに戻っていった。
この先、シズクが抜けたことにより多忙な日々が始まることをまだご主人は知らない。