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決闘を挑まれました

「まあ、お二人ともとてもお似合いですわ」

「エステル様、ご婚約おめでとうございます」

「アーサー様と、どうか、お幸せに」

 

 淑女たちの祝福の嵐に、エステルはにこやかに答えた。


「ありがとうございます」


 着飾ったエステルに腕を取られたアーサーも、ぎこちない笑みを返した。新聞の報道に半信半疑だった貴族たちだが、仲良く手を取り合い、招待客に次々に挨拶を交す二人を見て納得した様子で頷いていた。

 この調子で婚約解消なんか本当にできるのだろうか。

 アーサーの声に出せない疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。唯一、夜会の前にシェーンベルグ公爵が言った「娘にふしだらな真似をしたらたたじゃおかんからな」という言葉になぜか救われた心地になった。そうだ、肝心の公爵が反対しているのだから、何も心配はない。

 挨拶がひと段落したところで、アーサーはエステルに連れられて軽食が取れる場所へと案内された。


「お昼前から何も口にされていないからお疲れになったでしょう?」


 その原因を作ったのは誰だと言いたくなったが、ぐっとこらえた。昼餐を取りに来たはずなのに、結局夜会の衣装決めとその後の打ち合わせのおかげで食事を取ることができなかったのだ。エステルは手づから食事を小皿に取り分けると、アーサーに差し出した。


「さあ、今のうちに食べてください。そうしないと力が出ませんわ」


 色鮮やかに盛り付けられたそれらを見ていると、お腹が空腹を訴えてくる。


「ありがとうございます」


 礼を言って小皿に手を伸ばしたときだった。


「エステル、ここにいたのかい!」


 聞き覚えのある声がした。顔を上げると、ザクセン公が目の前に立っていた。銀の瞳が生き生きと輝いている。急いで来たのか、息を弾ませる彼の瞳はエステルだけを映していた。エステルが怯えたようにアーサーの後ろに下がった。しかし、ザクセン公にはアーサーの姿は見えていないようだった。


「エステル、約束を果たしに来たよ」


 ザクセン公はエステルの前に膝まづくと、小ぶりな箱をポケットから取り出し、エステルに見せた。


「君のためにシュバイツに直接買い付けに行った指輪だ。さあ、受け取ってほしい」


 たちまち周囲がざわめく。当り前だ。アーサーとの婚約が公になった日に、別の男に求婚されているのだから。ザクセン公はシュバイツに直接買い付けに行ったと言っていた。シュバイツは、良質な鉱石の取れる国として知られている。


 ――ザクセン公はおそらくつい先ほどギディオンに帰ってきたのだ。そして、その足でシェーンベルグ公爵邸にやってきたのだろう。つまり今朝の新聞を読んでいないのだ。


「……ザクセン公、申し訳ないのですが、わたくしにはすでに婚約者がおりますので、受け取ることはできません」


 エステルの言葉にザクセン公がぽかんと間の抜けた顔になる。何を言っているのだとその瞳が問うている。エステルは目で、アーサーを示した。


「わたくしは先日、こちらにいるアーサー様の婚約者となったのです」

「エステル、嘘だろう? 約束したじゃないか。今日、君を迎えに行くと」

「わたくしは何度も申し上げました。思う相手がいるので、お気持ちにはお応えできないと」


 ザクセン公の鋭い視線がアーサーを射た。


「お前は誰だ?」

「……アーサー・エヴァンス・ジーニアス。ジーニアス侯爵家の嫡男です」


 困惑しながら名乗ると、ザクセン公がかっと目を見開いた。


「ジーニアス侯爵家? 侯爵家ごときにエステルの相手が務まるものか! エステル、君にふさわしいのはわたし以外にいないと君もわかっているはずだ!」

「わかりません!」


 エステルが強く抵抗した。

 完全に頭に血の登ったザクセン公は、腰に佩いた剣に手を伸ばした。

 周囲にいた招待客たちが息をのむのが伝わってくる。


「お前も剣を取れ!」

「……は?」

「男なら剣で勝負をしろ!」

「剣など持っていません」

「なに?」

「夜会の場に剣など持参しません。それにぼくは剣は扱えません」


 アーサーは冷静に言った。するとザクセン公が後ろを振り返った。


「タスク、この男に剣を渡せ」

 

 おそらくザクセン公の護衛だろう。騎士姿の男が主の暴挙に諦め顔で剣をアーサーに投げて寄越す。受け取ったアーサーは困ったことになったと思った。立ち居振る舞いから察するに、ザクセン公は腕に覚えがあるのだろう。しかし、アーサーは幼い頃に、姉たちを守れる男になれという父の迷惑な教えの元、子供の手習い程度に学んだレベルだ。とてもではないが敵うとは思えなかった。ザクセン公がすらりと鞘から剣を抜いた。


「お前も抜け」

「お待ちください。卑怯です、ザクセン公。アーサー様はろくに剣も使えないのに!」


 エステルの抗議はザクセン公の耳には届かなかった。


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