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不本意な婚約


「えー、お兄様すごい! エステル様と会ったの?」

「へー、アーサーもやるじゃない。シェーンベルグ公爵令嬢に気に入られるなんて」

「エステル様は殿方を見る目がおありにならないのかしら?」


 シェーンベルグ公爵とエステルが帰ったあと、姉たちの感想そっちのけで、アーサーは居間にいたアドルフをひっ捕まえて、執務室に連行した。そして開口一番こう言った。


「父上、借金ってどういうことですか⁉」

「アーサー、そう怒鳴らんでくれ。わしだって頭が痛いのだよ」

「つまり借金があるというのは本当なのですね……?」

「……投資に失敗した」


 アーサーは深々とため息をついた。聡いアーサーは理解した。


「急に留学をやめて帰って来いと言ったのもこのせいだったのですね」

「……すまない」

「父上はぼくを借金と引き換えにシェーンベルグ公爵家に売るおつもりですか?」


 つい皮肉が口から洩れてしまう。アーサーの言葉にますますアドルフはうなだれた。


「面目ない……。しかし、このまま家が潰れてしまえば、シェリーはもう社交界に出ることはできなくなるだろう。モーリオンの婚約も破棄されるだろうし、ファビエンヌも離縁されてしまうかもしれん。それでも我々男は一人でもなんとか生きていけるかもしれん。だが女子供には難しいだろう。わしも苦渋の決断だったのだよ」 


 アーサーは腸が煮えくりかえりそうになった。きれいごとを言いながらも、アドルフは結局アーサーを犠牲にして助かろうとしているだけではないか。苦渋の決断なんて笑わせてくれる。腹が立つあまり一瞬そう考えたが、すぐにアーサーはアドルフの言うことはもっともだと思った。あの横柄な姉と妹たちが一人で生きていくのは無理がある。蝶よ花よともてはやされ、贅沢に暮してきたのだ。侯爵家が潰れても働くことなんてできないだろう。姉たちのことは苦手だが、不幸になってほしいなんて思ったことは一度もなかった。家族の幸せを考えるのなら自分が決断するしかない。憮然とした顔でそんなことを考えているとアドルフが言った。


「アーサー、お前はいったい何が不満なのだ?」

「それは……」

「言っておくが、シェーンベルグ公爵の出した条件は破格のものなのだよ」

「どこがですか!」

「お前はザクセン公が令嬢を諦めるまで仮の婚約者となるだけでいいのだよ。立派な婚約者ができて、その間、お前は嫌いな見合いをせずに済むし、社交界ではシェーンベルグ公爵家の援助を受けることもできる。お前には利点しかないではないか」


 そういえばアドルフは言っていた。見合いさえすれば、結婚しなくていいと。あれは本当のことだったのだ。たしかに、アーサー自身には利点しかない。

 落ち着きを取り戻したアーサーは念のためアドルフに聞いた。


「エステル嬢とは本当に結婚しなくてすむのですよね?」

「令嬢とのつり合いを考えるとありえん話だが、万が一、万が一だが、もしお前が令嬢と恋仲になれたとしても公爵自身が結婚を認めてくれんよ。公爵は一人娘のエステル嬢を溺愛しているからね。今回は非常事態だから一時的に許可したにすぎないが、『侯爵家なんぞの格下貴族に娘はやらん』。そう言われている」


 その話を聞いて、アーサーは心底ほっとした。

 しかし、翌日、驚くべきことが起きる。



「若様! 若様!」


 早朝、アーサーは執事のフェントンの大声で目を覚ました。彼はアーサーを起こそうと、幾度も部屋の入り口を叩いていた。


「こんなに朝早く、どうしたんだ?」


 入室の許可を与えると、フェントンは慌ただしく部屋に入ってきた。その手には新聞が握られている。


「これをご覧ください!」


 アーサーは眠い目をこすりながら、新聞に目を通した。


「……嘘だろう」


 見出しを見た瞬間、わが目を疑った。


『シェーンベルグ公爵令嬢、ついに婚約へ。お相手は国王陛下の懐刀と名高いアーサー・エヴァンス・ジーニアス。ジーニアス侯爵家の令息!』


 見出しの下には細かい文字で二人の馴れ初めが書かれていたが、混乱するアーサーの頭には入ってこなかった。


「……どこから漏れたんだ……?」


 この話は、もっと両家で話し合いを重ねてから公表する手はずだったのに、よりにもよって国王陛下の許可をもらう前に新聞にすっぱ抜かれるなんて。そこでアーサーはふと冷静になった。


「……国王陛下の懐刀ってなんだ?」


 アーサーは留学していたせいでギディオンを治める国王とほぼ面識がなかった。まともに会話したこともないのに、なぜこんな風に書かれているのだろうか。


「それはもちろん、そのほうが話題になるからですよ。淑女の鏡と謳われるシェーンベルグ公爵令嬢の婚約者がどこにでも転がっているような軟弱な若者では見劣りしますから」

「……どこにでも転がっているような軟弱な男で悪かったな……」


 アーサーはひとりごちた。


「いえ、若様、自信を持ってください。若様はご容姿だけなら令嬢とつり合いが取れておりますから」


 フェントンの言葉にアーサーは唇を引き攣らせながら、新聞の記事に目を通した。そこにはアーサーとエステルの馴れ初めが書かれていた。

 美辞麗句を駆使して書かれた文章は要約するとこういうことだった。

 三年前から密かに交流を深めていた二人だが、エステルの父シェーンベルグ公爵に反対され無理やり引き離されてしまう。失意のアーサーはだがしかし、エステルを諦めることなく、公爵に二人の仲を認めてもらうために、シェリジアに留学し、研鑽を重ねてきた。エステルもアーサーのことだけを思い、数ある男性からの婚約の申し込みを跳ねのけてきた。二人の思いの強さに負けた公爵がついに折れ、アーサーの帰国を機に婚約を認める運びとなった、ということだった。


 これが物語ならよくできた話かもしれないが、現実的に考えるとなんとも滑稽だった。思わずため息が漏れた。新聞に目を通しながらアーサーは憂いた。


「これ、本当に破断にできるのか……?」


 一抹の不安がアーサーの胸をよぎった。



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