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憂鬱なお見合い

 舞踏会の翌日からアーサーの頭の片隅には常にエステルの存在がちらついていた。忘れようと思っても、その面影は消えなかった。今まで会った女性と彼女はどこか違う。そう思えた。もしかしてこれが恋というやつなのだろうか。十八歳にもなって情けないが、経験がないのでわからない。もどかしくなったアーサーは、執事のフェントンに頼んで密かに彼女のことを調べさせた。


 エステル・フォン・シェーンベルグ嬢は、蜂蜜色の金髪に金の瞳が美しい御年十七歳の淑女だった。本人は自分はシェーンベルグ公爵の庶子で、しかも母親が女優だから物珍しくて男性が近寄ってくることが多いと言っていたが、実際の彼女の評判は違った。社交界では淑女の鏡として他の令嬢から尊崇の対象となっているそうだ。それなのに気取ったところもなく、さっぱりとしていて親しみやすい女性だった。彼女に思いを寄せる男性も多いそうだが、父親がたいそう気難しく、娘に近寄る男をはねつけているという。また、下賤な女の腹から生まれた娘という悪評が一部の貴族に根付いているらしく、シェーンベルグ公爵家と釣り合うような高位貴族の結婚適齢期の男性は彼女を避けているという。だから、いまだに婚約者が決まらないのだそうだ。その話を聞いたとき、アーサーは猛烈に腹が立った。女優の娘の何が悪いというのだろうか。その女優の芝居を見に、貴族がこぞって観劇にでかけているというのに。フェントンの説明によると、彼女の母親はまだ現役の女優として活躍中だという。そして、エステルには母親違いの兄が一人いて、王宮で官吏として働いている。正妻はすでに亡くなっており、エステルの母、アマーリエを公爵邸に引き取るという話もあったらしいが本人が拒否したのだという。自分はまだまだ女優でいたいのだと豪語したそうだ。

 

 アーサーは数日思い悩んだ結果、エステルに手紙を書くことにした。生まれて初めての恋文である。深夜、何度も文面を確認して出した手紙だが、三日が過ぎても返事は来なかった。


***


 手紙の返事がなくて憂鬱な毎日を過ごしていたある日、アーサーは父・アドルフの執務室に呼び出された。最近はアドルフの仕事を引き継ぐために出入りすることも多かったので、特に疑問に思わずに執務室に入った。


「お前に見合いの話が来ている」


 またかとアーサーはしかめ面になった。


「ぼくはとうぶん結婚なんて考えてませんから。父上の仕事を手伝うだけで精一杯です」

「もちろんわかっている。この見合い話を受けてくれたら、当分、結婚はしなくていいから」

「見合いを勧めるくせに結婚しなくていいでは意味がわかりませんよ」

「なんでもいいから見合いをしてくれ」

「嫌です」

 

 なおもアーサーが渋るとアドルフはその場に膝をついた。アーサーはぎょっとした。なんとアドルフは土下座をしていた。


「頼む、お願いだ。見合いをするだけでいいから」


 さすがのアーサーも焦った。


「ちょ、ちょっと父上、頭を上げてください」

「頼む!」


 アドルフは床に頭をこすりつけていた。

 勘弁してほしかった。元来の父は家族の中で一番気の弱い人間だった。父親としての威厳はなく、妻にも娘にも軽んじられている。アーサーは姉たちの暴虐から庇ってくれなかったアドルフを密かに恨んでいたが、ここまでされたらさすがに無視はできなかった。


「わかりました、わかりましたから。見合いをすればいいのでしょう?」

「おお、アーサー。引き受けてくれるか!」


 アドルフが顔を上げた。アーサーは憂鬱そうにため息をついた。


「ただし、言うことを聞くのは今回限りですからね」

「アーサー、すまない……」


 目に涙を浮かべて感謝する父の前で、アーサーは額に手を当て天井を仰いだ。


***


「見合いか……」


 どうせ、この前の舞踏会でアーサーに目をつけた家の誰かだろうと思っていた。よく考えたら、相手の名前さえ聞かなかったがどうでもよかった。にしてもこんな短期間でお見合いにこぎつけるなんて素早いにもほどがある。おそらく気の弱い父が押し切られて断れなかったのだろう。あの様子を見る限り、弱みでも握られているに違いない。本当は見合いなどする気分ではないのに。

 

 しかし、アーサーの思いとは裏腹に、とんとん拍子に見合いの話は進んだ。アドルフから話を聞かされてから三日後、相手の令嬢と顔を合わせる日が来た。場所はジーニアス侯爵家に決まった。庭の美しい花々を眺めることができるテラスで、テーブルに頬杖をついたアーサーは仏頂面で見合い相手を待っていた。


「アーサー、その顔はやめなさい。相手の令嬢に失礼だよ」

「どうせ受けるつもりのない見合いに気を遣ってどうするのですか?」

「今日来る令嬢は、社交界で一、二を争うほど美しい方なのだよ。家柄も申しぶんない」


 そう言われてもアーサーは興味が持てなかった。

 やがて邸の入口のあたりが騒がしくなった。ようやくご令嬢が到着したようだ。しばらく すると、父親らしき男性に伴われ、晴れ渡る青空のような見事なドレスを着た少女が姿を見せた。ちらりと見やると、扇子で顔を隠している。そのもったいぶった態度が癇に障ったが、さすがに顔には出さずに、挨拶のために立ち上がった。


「よくいらしてくださいました。シェーンベルグ公爵」


 アドルフが手を差し出すと、シェーンベルグ公爵が鷹揚に握り返した。アーサーは内心どぎまぎしていた。相手の父親が髭面であまりにいかつい顔をしていたからだ。冷や冷やしながらアーサーも握手を済ませ、次に令嬢の手にキスをしようとしたときだった。


「ごきげんよう、アーサー様」


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