エミリアの告発
「それは……!」
はじめに声を上げたのはアリスだ。
彼女自身ロイヤル・ミストレスではあるが、その地位はけして磐石ではなく、王からの寵愛と皇后陛下への敬意でできている。誰が言ったか、「ロイヤル・ミストレスは宮廷儀礼を第一と心得、あとはベッドに飛び込むだけ」彼女はそれができる人だし、できているから亡き皇后陛下もアリスを衣装付き女官に取り立てた。皇后陛下は、アリスと皇帝の仲を知りながら、アリスが陰口を叩くことも公の場で皇后のように振る舞うこともなかったから許していたのだ。
「わたくしをばかにしていますの?!王の寵愛だけで成り上がった女だと!皇太子妃殿下!これは見過ごしてはなりません。即刻捕えるべきです」
「落ち着いてくださいアリス様、あなたの言いたいことはわかります、あなたが常に皇后陛下に敬意を払ってきたことも。ですが今ここでカンタベル令嬢を捕らえることは彼女の流した噂を肯定することになりますから」
でも、と言い募るアリスの顔は困惑と怒りに満ちている。それはそうだ、彼女は王の正室になれないことをよく理解して皇后陛下に配慮してきたのに。それをしない……いや、する気もないような女がロイヤル・ミストレスとして名乗りを上げている。
だが、この時期のプリメラは皇太子と接点はなかったはずだ。前の時間軸ではこんな事件はなかったのだし、それはおそらく間違いない。
「いまから指示を出します。よく聞いて落ち着いて対処をお願いします。」
「はい」
はじめに返事をしたのは告発者のエルザス伯令嬢だ。
「ではエミリア嬢から、エルザス伯はあくまで伯爵としてのみ動くように。皇太子妃の命令で動く選帝侯などあってはなりません。選挙王制が破綻しますからね。噂の火元は本当にプリメラ嬢か確認、プリメラ嬢の場合は放置をお願いします。」
「放置……ですか?」
エミリアは怪訝そうに聞き返した。
「放置です。現状その噂だけでプリメラ嬢をどうこうすることは悪手と考えてください。それでもなにかしたいのなら皇太子殿下に近づかないよう監視をつける程度で。もしプリメラ嬢でない場合は犯人を補足後名誉毀損で刑罰を与えます」
「なるほど、了解しました」
頷いたエミリアを見て、次にアリスに目を向けた。
「アリス様は、皇帝陛下と皇太子殿下にこの話が漏れないように努めていただけますか。万が一興味を持たれて本当にロイヤル・ミストレスにでもなられたら困ります。彼らはそういう享楽的なところがありますから」
「!そうですわね」
「あの、妃殿下」
そこでエリステラ公爵夫人とエルメローズ侯爵夫人がてをあげた。
「わたくしども、このお茶会で殿下に味方するか決めることにしていました。エミリアの告発した噂はわたくしどもの私兵の元にも届いておりましたから、噂への対処であなたにつくか決めようと思っていたのです。わたくし、エリステラ公爵夫人エレナ」
「並びにエルメローズ侯爵夫人メアリーは」
「皇太子妃殿下に味方致します」
それは騎士の礼。サッと跪いたふたりはドレスの汚れることすら気にもとめずに頭を垂れている。
「……騎士の礼、なんて。そう軽々ととって良いものではないですよ」
「いいえ、妃殿下。これは形式的なものなどではありません。……妃殿下は、ご存知ないかと思われますが、私も、メアリーもエルザス家から嫁いできたのです。わたくしどもはエミリアの叔母。騎士の家の者。この身はこのときより、妃殿下、あなたのものです」
前回の時間軸で。こんなことをされたことは無かった。だって、わたくしは初めのお茶会で彼女らに話しかけることもしなかったから。その後に話しかけて、彼女らとは友人になった。
きっと彼女らに身を捧げられるためには、力を見せなければならなかったのだ。
─────ああ、なんてうれしいんだ。
人からのこれほど無垢な信頼を、私はトリアノン宮廷はおろか、前回の時間軸でさえ受けたことは無い。
「……では、これからよろしくお願いしますね、エレナ、メアリー。」
エレナもメアリーも帝国軍の中で特に人気の高い夫人たちだ。これで一歩、クーデターに近づいた。