とっておきの場所
アルさんは馬車の中で、わたしを襲ってきた男達の正体について話してくれた。
結論から言うと、黒幕はあの隣町の同業者……わたしが首を突っ込み、契約を台無しにした悪徳業者だったそうだ。襲ってきたゴロツキ達は雇われの身で、すぐに情報を吐いたとか。
「あの不動産屋、これまでも似た手口でライバルを潰してきてたみたい。……慰めには、ならないと思うけど」
「世も末ですね」
「そうだね」
「……不用意に突っ走らないように、気を付けます」
「うん」
淡々と語られることには、ゴロツキ達はもちろんのこと、かの不動産屋自体も営業停止になったらしい。多くを話さないのが逆に恐ろしいが、徹底的に、の意味はなんとなく察せられた。
馬車で向かい合って初めて気づいたが、彼の右手には包帯が巻かれていた。理由は、何度訊いてもはぐらかされたけど。
「アルさんって、偉い人なんですか?」
「ん?」
「いえ、周りの騎士さん達から、隊長って呼ばれていたので」
「ああ……大したことは。本当に偉い人は、町の見回りなんてしないし」
「おかげでわたしは助かったので、アルさんが町に出ていらして良かったですけど」
「何よりだよ」
いつもよりも会話があれば、いつもよりも長い移動だってあっという間に感じられる。
「着きましたよ。ここです!」
胸を張ると、彼はキョロキョロと辺りを見回した。
「……建物は?」
「ありません」
そう、わたしのとっておきは、この場所そのものだ。
小高い丘の上に広がる一面の草地。見晴らしがとても良く、遮る建物もないため、まさに絶景を独りじめだ。
元々は古いお城が建っていたのだけど、かなり前に取り壊されて以来、買い手がついていない土地らしい。名残でうちの帳簿に載ってはいるが、今は公の所有地扱いなので、契約には国の審査が必要だ。当然、普段は誰も連れてこない。
「海が見えるのがお気に入りなんです。夕陽がすごくきれいで、昔ここにあったお城では、一望できるようなバルコニーが備わっていたそうですよ」
「それは素敵だね」
「自然豊かですけど、少し足を伸ばせば町にも行けるので、意外と買い物にも困らないし。暮らすならこういう場所が最高だなって、ずっと憧れているんです」
好きなものを、との要望に甘えて、見せたい景色を次々と案内する。騎士だと知る前と変わらず、アルさんは一歩退いた様子で、穏やかに相槌をくれる。
「たとえば、だけど」
「はい!」
「結婚するなら、こういう場所で暮らすのがいいのかな」
瞬間、仕事も忘れて固まってしまった。
ああ……そういう、ことか。
何もかもそのためだったんだと、ようやく理解できた。見目も身分も満点だもの、逆にどうして今まで相手がいないと思っていたのか、自分でも不思議なくらいだ。
「そ……うですね、そうだと思います!」
「そっか」
普段通りの言葉の少なさで、でも、綻ぶ口許を手で隠す様子は、今まででいちばん幸福そうで。
彼にこんな表情をさせられる相手がいる事実に、少なからず衝撃を受けた。
「ありがとう。この場所、検討してみるよ」
喜ばしいことのはずなのに。
ショックで頭が回らなくなって初めて、最悪のタイミングでわたしは自分の気持ちを自覚した。