王都の治安を守る人達
仕事以外で王都に来るのは久しぶりだ。日用品は近所で事が足りる。
少しだけ……少しだけ、ナターシャの意見を聞いてあげてもいいと思ったというか。普段使っている靴やブラウスを新調してもいいかなって……別に、アルさんのためとかじゃない、本当に!
けど、あの人はいったい何者なんだろう?
王都で働いていると言っていたけど、市場のお店屋さん勤めではなさそう。なんとなく、金銭感覚が庶民とずれている気がするし。
寮で暮らしているのが本当なら、学者さんとか? ここには国でいちばん大きな学院と図書館がある。よく読書している姿を見るし、あり得るかも。
本人に訊けば早いのはわかっている。口数の少ないあの人は、嘘をつくのは下手そうだから、きっと素直に答えてくれるだろう。
でも、お客さんに興味を持ってしまったら。後戻りできない気がして怖かった。
ぼんやりと露店を眺め歩く。あ、ジゼル君が好きな鴨肉のローストだ。少し切り分けてもらって、サンドイッチでも作ってあげようかな? いつも心配をかけてるお詫びに。
「いっ――ってえなぁ?!」
どん、と肩に重たい衝撃。誰かにぶつかったのだと気づいた時には、わたしは地面に引っくり返っていた。
「どこ見て歩いてやがんだ、あぁ?!」
いかにも屈強な男達が三、四、……五人。最も大柄な男が、唾を飛ばす勢いで怒鳴っている。
遅れて肘が痛んできた。擦りむいたかも。お尻も痛い。謝らなくちゃ、謝らなくちゃいけないのに、
「あーあ、腕が折れちまったかもなぁ? 慰謝料払えよ、嬢ちゃん。もちろん、体で払ってくれてもいいけどな!」
仲間達が下品な声で笑う。
突き飛ばしてきたのはそっちでしょ、とか、あんた達なんか見覚えもないのにどうして、とか、色んな考えがぐるぐると頭を巡る。
でも実際は、そこらに荷物をぶちまけたまま、動くことができない。声が出ない。
「人にケガさせといてだんまりはねェだろ、なぁ?」
「……ぁ、ごめ、なさ……」
「なんとか言ったらどうなんだよ、あぁん?!」
振り上げられた拳に、金属製の何かが握られていた。
――助けて!
咄嗟に頭を抱えてうずくまろうとした、その時。視界いっぱいに、真っ白な布が翻った。
「ずいぶんと元気な腕だね?」
「なッ?! クソっ、離せこの野郎!」
慌ただしい足音と、そこかしこから悲鳴が聞こえてくる。
白い外套には国の紋章。
どうやらわたしと男の間に立つのは、王都所属の騎士らしい。振り上げられた手首はがっしりと掴まれており、苛立つ男がいくら暴れてもびくともしない。
「本当に折ってあげてもいいけど」
「ギャッ!」
捻りあげると、地面に甲高い音を立てて落ちたのは金属の棒だ。
騎士がそれをガン! と踏みつける音に、男はまた小さく悲鳴をあげた。あれが振り下ろされていたかと思うとぞっとする。
「くっ、この、王家の犬めッ! オイおまえら! やっちま……え……?」
すでに仲間達も拘束されていることに、ようやく気付いたらしい。
唖然とする男の脛を、オマケとばかりに蹴り飛ばしたところで、周囲にいた騎士の一人が駆け寄ってくる。
「隊長、全員捕らえました!」
「ご苦労さま、連れてって。聴取は僕がやる」
「はっ!」
バタバタと慌ただしく集団が引っ張られていけば、遠巻きにしていた住民達も、ようやく普段の空気を取り戻し始める。
まさか、騎士団のお世話になるなんて。
ツイていないにもほどがある。泣きたくて堪らなかったけれど、まずはお礼を言わなくては。彼らが町の見回りをしてくれていなかったら、今頃どうなっていたことか。
「あっ……あの! ご迷惑をおかけしてすみません」
必死に涙を堪え、大きな背に向けて言えば、嘆息混じりの声が返ってきた。
「君のせいじゃない。ぶつかったのは彼らの側だ」
「いえ、でも! 助けてくださって、ありがとうございまし――」
た、まで言えなかった。涙も恐怖もどこかにいった。間抜けな顔のまま、その人物を見上げる。
「……あまり、この格好で会いたくなかったな」
振り返った騎士様は……アルさんは、見たことがないくらい苦々しい顔をしていた。