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わざとじゃないんです!

 ナターシャもホースマンさんも、アルさんの担当はわたしと決めつけているらしい。わたしが別のお客さんの相手をしている間、手が空いていても彼を待たせていることがしばしばある。接客業としてどうなの?


「すみません、お待たせしました」


 彼は「ううん」と読んでいた本を閉じた。横のテーブルにはナターシャが張り切って用意したのか、山盛りのお菓子がほとんど手付かずのまま残っている。


「あ、その本!」


 表紙を見て思わず声を上げた。好きな作家の作品だ。出版元が外国ということもあって、話が合う人はなかなか見つからない。


「おもしろいですよね! 最新刊が出るって聞いて、早く翻訳されないかなって楽しみで!」

「……君も好きなんだ?」

「ほとんどの作品は読んでます。あ、ファンの間で有名なあの『幻の三作目』は、まだ読めていないんですけど」

「よかったら、今度貸そうか?」

「持ってらっしゃるんですか? いいんですか?!」

「もちろん」

「やった! ……って、違う違う。ごめんなさい、新居のお話をしないとですね」


 つい夢中で語ってしまった。

 驚いたのは、彼がいつもより嬉しそうにしていたこと。やわらかく目尻を下げ、「大丈夫」と発した口許も弧を描いている。


「こ、こちらへどうぞ!」


 どきりとして、なるべく顔を見ないようにしながら、急いでいつものようにカウンターへと促した。



 案内するのは相変わらず立派な邸宅だ。お城ではなく一軒家だが、広い森がオマケについている。


「前の持ち主の方は、狩猟が趣味だったそうです。アルさんは狩りはされますか?」

「僕はあまり。父や兄は好きだね」


 お兄さんがいる、という情報を頭の中に書き留める。個人の事情へ踏み込む時は慎重にならないと。


「こんなに大きな森なら、ご家族を招いて狩猟大会もできちゃいそうですね」

「そうだね」


 近くで見ても立派な木立だ。この面積、普通の家だったら何軒くらい建てられるだろう?

 ウサギなど小動物の姿は見えない。少し強い風に木が揺れて、カラスが何羽か飛んでいった。


 と、地面に何か茶色い紐のようなものが落ちている。枯れ枝……にしては大きい?

 そいつの先端がうにょりと持ち上がり、赤い舌がのぞく。……赤い舌?


「――きゃああっ?!」


 咄嗟に何か、かたいものにしがみついた。ぎゅうと力を込めて抱き締め、叫ぶ。


「へ、へっ、へび、へびがっ!」


 わたしは、この世で、ヘビがいちばん嫌いなのにッ!

 しどろもどろで震えていたら、アルさんはヘビに向かって躊躇なく踏み出す。そして、あっという間に枝で器用にからめとると、向こうの茂みに放り投げてしまった。


「……ロゼッタさん?」

「ハッ!」


 困惑一色の声に我にかえる。きれいな顔を至近距離で見上げ、ぶわっと顔に血がのぼる。

 わたしがしがみついていたのは、アルさんの腕だったのだ!

 また悲鳴を上げて飛び退き、勢いそのまま頭を下げる。


「もっ、申し訳ありません! ごめんなさい!」


 あああ、お客さんになんてこと?!

 混乱と恥ずかしさで、胸が痛いほどバクバクしている。


「失礼しました! 本当に、本当に!」

「平気だから顔を上げて。次からは、あまり山や森には近づかないようにしようか」

「はい!」

「うん、いいお返事」


 おや? と一瞬思ったけれど、とりあえず言われるがままに頷く。アルさんも満足げだ。家の内見が終わっていて良かった……良かった?


 彼は顔色一つ変えず、わたしを馬車の方へと促す。が、それより早く、馬車から走ってくる人影があった。


「おいッ! あんた、ロゼッタちゃんに何をした!」

「ジゼル君?!」


 どうやら悲鳴を聞いて駆けつけてくれたらしい。アルさんがまったく説明も言い訳もしないせいで、誤解を解くのに苦労したことは言うまでもない。

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