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わたしと例の常連客

 アルさんは確かに顔立ちが整っている。恥を忍んで率直に言えば……ものすごく、カッコいい。癖のない黒髪に、涼やかなグレーの瞳を持つ、穏やかな物腰の好青年だ。

 既に十回は接客しているから、さすがにそれほど緊張はしなくなってきた……かな?


「今回は、このお家を見に行ってみるのはどうでしょう? 王都にかなり近くて便利ですよ。こちらは客間が三つついた、かなり大きなお家ですね」

「ありがとう。……ここが、気になるかな」


 帳簿の綴じ紐を外し、内見の候補を並べてみせる。すると、彼は少し思案したあとで、やはり店からいちばん遠くの地を真っ先に選ぶ。


「わかりました。馬車の用意をしますので、少しお待ちくださいね」


 なぜか毎回、店から離れたところばかりを選ぶのだ。隣町の物件でも、取り扱っているからには案内はするけれど。向こうの町で探せばいいのに、と思わないではない。


 裏手に戻って準備をしていると、ホースマンさんがつつっと寄ってきた。


「今日はどこに行くの?」

「丘の向こうの、旧ランジェロ侯爵邸です」

「本当かい?! いやあ、あの家を見に行く客が現れるとは」

「家というかほぼ城ですよね、あそこ」


 部屋探しといっても、長屋の一画だったり、一戸建てだったり、色々だ。お客さんの希望に合わせて、賃貸契約を結んでもらうこともあれば、所有者がなく売り出された空き家を紹介することも。まあ、部屋、家、土地をざっくばらんに扱っている感じ。


 初回の来店時には、予算の参考までにと収入を教えてもらう。だからわたし達は、彼の経済力だって知っていた。


「あんな高い物件、このお客さんくらいにしか売れないよな。頼むよ、ロゼッタちゃん!」

「あはは、がんばりまーす……」


 ホースマンさんに両肩をがしりと掴まれるのも何度目だろう。


 契約は早いもの勝ちだ。本来なら何度も保留を繰り返すことはおすすめしないのだけど、アルさんの場合は価格帯があまりに高く、他のお客さんと競合する可能性はほぼない。


 最初におおよその年収を記入してもらった時、わたし達は揃って目を剥いた。家、いや、城を自前で建てたほうが早いのでは? ――全員がそう思った。

 二桁くらい間違ってませんか?、と言いたかったけれど、彼は見た目からしてその辺りの労働者ではないのも明らかだったから、結局は、申告を信用することにしたのだ。

 派手ではないものの服装には清潔感があるし、お茶を口へ運ぶ手付きや座る姿勢ひとつとっても、ただの農民とは違う。

 わたし達に対しても丁寧で、何よりお金持ちの青年。変わり者ではあるが優良顧客の彼を、店としては絶対に逃せないというわけだ。


 ……少しだけ、対応するわたしの気持ちも考えてほしいとは思うけど。

 アルさんは言葉遣いはやわらかいが、口数は多くない。ふわふわとした雰囲気というか、何を考えているのかよくわからないのだ。

 今日も遠くまで二人きりの数時間。どうやって場を繋ごうかしら、と話題に頭を悩ませる。



 さて、出発の準備として、店の前で待機する馬車に行き先を伝えにいく。御者台で眉をひそめた青年は、内見に連れていってくれる運転手さん。名前をジゼル君という。店主ホースマンさんの息子で、わたし達の大切な同僚でもある。


「ええ、またあの客?」

「ごめんね、いつも遠くまで」

「それは構わないんだけどさ、仕事だし。俺はロゼッタちゃんが心配なの!」


 子供の頃から家族ぐるみの付き合いがあったおかげで、彼とは兄弟のような感覚というのが近い。


「まったく、父さんもどうして出禁にしないのかな。もっと気をつけた方がいいって」

「悪い人じゃないと思うけど。礼儀正しいし」

「フン、どうだかね。どんな仕事してるかも定かじゃないんだろ」


 うーん、それは確かに……。


「大丈夫よ。あの人は単なるお客さんだし、何もないわ」

「今まで何もなかったからって、これからも平気とは限らないでしょ。我が家はね、おじさんとおばさんから一人娘を預かってる立場なんだから」

「もう、大げさなんだから」


 ホースマン不動産の手伝いを始めたのは、学生の頃の話だ。きっかけは親に言われるがままだったけど、卒業してからも続けているのは、自分の意思に他ならない。

 お客さんの笑顔を見られるのはもちろんのこと、色んな人が思い思いに建てた家や部屋を見られるのは、純粋に楽しかった。


「アルさんにあまり失礼のないようにね。それじゃあ、呼んでくるわ」

「わかってる。もし変なことされたら大声で叫べよ」

「大丈夫だってば」


 笑って返し、店内で待たせていたアルさんを呼んでくる。ジゼル君は御者台に引っ込んだまま、挨拶する気はないらしい。

 お客さんだからと先に乗るよう促せば、彼は自然にわたしへと手を差し伸べてくる。


「足元、気をつけて」

「あ、ありがとうございます」


 こんなことをしてくるお客さんはアルさんくらい。まるで王子様みたいと思えど、本当に高貴な身分だとしたら、町の不動産屋で部屋探しなんかしないはずだけど……。

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