気になる相手を追い込む方法
アル視点です。
彼女と出会ったのは、王都付近の警備をしている最中だった。
貧乏くじと言われる地味な任務。やるべき務めに好きも嫌いもないけれど、きつく当たられることもあるし、楽しいものではない。「よくあんな面倒を引き受けるな」と同僚からも言われる。
だからその日、たまたま呼び止めた一台の馬車が、自分の運命を変えるとは思いもしなかった。
「失礼。この先は通行止めなんだ」
「え、先週まで通れたのに」
「学院の野外実習中でね。一般人の通行は禁止されている」
「事前に報せくらい出しておいてくれよ。参ったな……」
第二王子殿が参加されているから、という理由は内心に留める。王家の人間にかかれば黒も白だ。
御者は眉をひそめる。いつも通りの反応に、箱から主人が出てくれば罵倒されるかもなと、彼が説明しに行くのを待つ間にため息を吐いた。
「通行止め? じゃあここは見られないのね……。待っててくださいね、他に似たお家をすぐ探しますから!」
予想に反して顔を出したのは、まだ年若い女性だった。彼女は同乗者に何か告げると、なんと、こちらに向かって頭を下げた。
「教えてくださってありがとうございます! 立ちっぱなしなんて大変ですよね。いつもご苦労様です」
「え? あ、ありがとう……」
その笑顔に、あ、と思った時には遅かった。
まあ往々にして、出会いやきっかけなんてそんなものだろう。
*
「ヘクター」
「あ?」
寮は二人一組の居室が割り当てられている。ルームメイトであるヘクターとは、共用の居間でも互いに好きなことをして過ごすのが常で、僕達はたくさん議論を交わす方ではない。
だから僕から声をかけただけで、彼は少しびっくりしたみたいだった。
「気になる人を追い込む方法を知りたいんだけど」
「猟師かよ」
あまり話さないといっても衝突もなく、お互いの領域を尊重できる相手だ。僕はこの気安い友人のことを、けっこう気に入っていた。
彼は革靴を磨いていた手を止め、テーブル越しに身を乗り出してくる。自分も読んでいた本を横に退けた。
「なんだ、アル。ついにそういう気になったのか?」
「まだ……よくわからないけど」
「これまで婚約者もいなかったんだったか。伯爵家の息子なのに?」
「長男以外はそんなものだよ」
「ふーん」
カーライル家は武門の家系で、代々この騎士団に人を所属させてきた。跡取りでないにしろ、自分の役割はよくわかっているつもりだ。
「ま、いいや。それじゃあ、経験豊富なオレからアドバイスしてやろう」
「ぜひ」
「男だろうが女だろうが、気を惹くために大事なのは三つ。顔と金と献身だ」
「身も蓋もないな」
「まあ聞けって」
「わかった」
得意気に三本指を立てる姿に頷く。ヘクターには常に誰かしら交際相手がいる印象があるので、彼の言うことを聞かない手はない。
「まず、顔は問題ない。むかつく話だが、おまえ、自分にファンクラブがあるのを知ってるか?」
「初耳だ。酔狂だね」
「そういうとこだぞ」
「しがない小隊長なのに」
「そういう! とこだぞ!」
率直な感想を述べると、ヘクターは大きく肩を落としてしまった。彼だって等級で言えば同じだろうに。
「はあ……もういい。で、金も問題ないだろ」
頷く。これといってお金のかかる趣味もないので、給金や褒賞金は貯まっていく一方だ。
「問題は献身、つまり相手に尽くせってことだ。自分を好いてくれるやつを蔑ろにはできないもんだぜ、結局な」
「それは経験則?」
「……失敗もある」
「ふふ」
彼がつい先月、どこかの商会の娘さんにフラれたと嘆いていたのは知っている。その日は僕が葡萄酒と食事を買って帰って、珍しく一緒に飲んだな。軽薄そうに見えて、意外と一途なところも好ましいと思う。
「特におまえは感情が顔に出にくいからな、わかりやすくアピールしないと」
「なるほど」
「それに言葉も足りない。まったく、おまえと実際に会話してみれば、ファンクラブの人数も減るだろうよ」
騒がしい性分でないのは自覚がある。きちんと職務を果たしていたら問題ないと思っているんだけど、違うのかな?
「ともかく、話す機会を増やさなきゃならない。接点を持つんだ。その相手と会うことはあるのか?」
接点か。
確か、住居がどうとか言っていた。御者台に見えた運行許可証の色から、移動距離を考えれば町も絞れそうだ。
「まあ……店に行けば?」
「へえ、カフェの店員か何かか? ご両親は驚くだろうが、そいつはラッキーだったな! 常連になればいい」
不動産屋も喫茶店も似たようなものだろう。そう解釈して、もう一度頷いてみせる。
「あと気を付けるとしたら……アルが騎士だってことは?」
「知らないと思う」
「そりゃ好都合。あ、それと、おまえは見た目に似合わない馬鹿力だから、目の前でリンゴを握り潰す、とか間違ってもやるなよ?」
「まさか」
大人しく振る舞え、という忠言には従うことにしよう。
お礼の気持ちも込めて、僕は彼ににこりと微笑んでみせた。