続くおでかけ、彼の同僚
それから何軒かのお店を見てまわり、まるでデートみたいな奇妙な時間を過ごす。
ガラス細工のお店、骨董市、ランプ屋さん……どれも、わたしが好きなものばかり。どうやらほんの一言、会話の端々まで、しっかり覚えていてくれたらしい。……モテるだろうな、アルさん。
町を離れて連れてこられたのは、見知らぬ一軒の家の前。平屋だけど大きくて、広いお庭も素敵な家だ。
ドアベルを鳴らすと、奥からバタバタと足音が聞こえてきた。それと……犬の鳴き声?
「お、来たか……って、こら、はしゃぐなジョン!」
「ワン! ワンワン!」
出迎えてくれた若い男性は、キリッとした男前で、アルさんと同じくらい背が高い。今にも駆け出していきそうな白い大型犬を、腕ずくで必死に抑えている。
「ロゼッタさん。寮で同室のヘクター、と、ジョン君」
「ヘクターだ。よろしく」
「ワンッ!」
「よ、よよ、よろしくお願いします?」
ということは、この人物も騎士様だろう。袖まくりしたシャツから覗く腕を見れば、鍛えているのは一目瞭然だ。
「おい、アル。わざわざ休みまでとって実家に戻ってやったんだからな、貸しだぞ」
「お酒でいい?」
「もちろん、とびきり上等なやつだよな?」
アルさんは、未だ状況を呑み込めないわたしを見下ろし、はいどうぞと言わんばかりにジョン君を示す。思わず顔を向けると、彼(?)は期待に満ちた眼差しでこちらを見つめていた。
「僕はせっかくだし、君のご家族に挨拶してくるよ」
「おう。親父も妹も楽しみにしてる」
「ありがたいね」
そう言ってアルさんは去ってしまう。
静寂に、ジョン君の興奮したような息遣いだけが響く。
「……あー。なんか、うちの犬に会いたいって聞いてたんだが」
気まずそうなヘクターさんの言葉に、頭の中が疑問符でいっぱいになった。
「…………あっ。もふもふ……?」
「もふもふ?」
まさかとは思えど、それくらいしか思い当たる節がない。うらやましいだなんて、軽率に言うんじゃなかった……。
「いえ! あの、もしご迷惑でなければなんですけど、ジョン君のこと、撫でてみてもいいですか?」
「ああ、構わない。ジョン、お嬢さんの服を毛だらけにするなよ?」
「あはは、大丈夫ですよ」
「ワフッ」
屈み込み、そっと頭を撫でる。手が埋もれてしまうくらいの長い毛並み。大きくてもふもふで、あったかい。滅多にない機会なので、しばらく堪能させてもらう。
「ありがとうございました。なんか、すみません……」
「いいさ。あいつに振り回されるのは慣れてる」
「ヘクター様は……」
「かしこまらなくていいぜ。そんな大層な身分じゃ――ジョン、靴を噛むんじゃない!」
「ええと、じゃあ。ヘクターさんは、アルさんと一緒に住んでるんですか?」
「そ、ルームメイ――放せったら! ほら!」
どうやら、話に聞いていた同居人とは彼のことらしい。
玄関先に置いてあったボールを放り投げると、ジョン君は嬉々として庭に駆けていった。よく見れば、革のブーツは歯形でデコボコしている。
「ロゼッタさんは、今日は休みか?」
「あ、はい。お店の定休日なんです」
「ふうん。仕事は忙しい?」
「全然! 一日のお客さんの数なんて、片手で足りるくらいで」
「ん?」
ヘクターさんは何やら怪訝そうな顔をした。
「失礼かもしれないが、どこで働いてるんだ?」
「隣町の、ホースマン不動産です」
わたしも首を傾げながら答えると、ヘクターさんは呻き、天を仰ぐ。「不動産屋に通いつめたのかよ……!」とかなんとか、ブツブツ呪いのような言葉を呟いているところで、アルさんが戻ってきた。
一瞬ヘクターさんを不思議そうに見つめたけれど、すぐにわたしを見て目を細める。
「もふもふ、できた?」
やっぱりそういうことか!
「はい、たっぷりと……」
「よかった」
ここには本当にそのためだけに来たようで、わたしの返答に満足したらしい彼は、既に馬車へ戻ろうと足を向けている。
「ありがとう、ヘクター。お礼はまた改めて」
「おまえ、ほんっと……言葉が足りねえ……」
どこでもマイペースなんだな、と苦笑する。当の本人は相変わらずほんのりと楽しそうだ。
「ロゼッタさん」
穏やかな声が降ってくる。
「最後にもう一箇所だけ、付き合ってくれる?」
最後、という言葉がチクリと胸を刺す。
空はすっかりオレンジ色。帰る頃には夜かもしれない。
「もちろんです」
こんな風にお礼をしてくれるお客さんなんて初めてだ。もう、パンケーキをごちそうになってしまった時点で、充分に満足している。
これ以上の高望みはするべきじゃない。言い聞かせ、覚悟を決める。




