カワイイ?
お店以外で会うのは、これで二度目だ。待ち合わせの広場へ向かうと、アルさんはくつろいだ様子で、ベンチで本を読んでいた。
「お待たせしましたっ」
「こんにちは」
立ち上がった彼はふと目を細め、おもむろに手を伸ばしてくる。そして、固まるわたしにお構いなしで、おろした髪に触れた。ひ、ひ、人の気も知らないでッ!
わたしだってさすがに気を遣ったのだ。髪飾りもつけようか迷ったけれど、張り切りすぎて馬鹿みたいだと思ってやめたが。
「結ってないんだ」
「ああいえたまには良いかなって?! ……へ、変ですかね?」
「……可愛い」
「はっ……?!」
「さ、行こうか」
カワイイ? かわいいって言った? いやいや聞き間違いだよね、うん。
それはそうと、どこで何をするのか、まったく聞いていない。
広場のはずれへと連れていかれると、一台の馬車が停まっていた。御者に軽く合図をしたところを見れば、アルさんが呼びつけたらしい。
訳もわからないまま乗せられ、……って、これじゃ誘拐!
「あの、アルさん?」
「ん?」
「色々と、説明が足りない気がするのですが」
「そうかな?」
対面で窓枠に頬杖をついている彼は、ずいぶんと楽しそうにこちらを眺めている。手のケガはもう治ったらしい。
「まずもって、どこに向かってるんですか? 今日は何をするんでしょうか? それにこの馬車は?」
「これは僕が借りた。今から行くのは――あ、そうだ、忘れないうちに」
そう言うと、ごそごそと何かを取り出す。
「約束のもの。遅くなってごめんね」
口をつぐみ、反射的に受け取る。カードと、手の中に収まるほどの小さな紙包みだ。約束……?
カードを引っくり返してみる。するとそこには、わたしの名前と、国の紋章、さらに王立図書館の印章が刻まれていた。
「え? な、なんですかこれ?」
「入館証。これで自由に出入りできるよ」
「は? え?」
「本を貸しても良かったんだけど、他にも色々と読みたいかなと思って」
国でいちばんの蔵書量を誇る王立図書館。利用できるのは、城勤めの人間とその近親者、学者様くらいのはずだ。
……頭が痛くなってきた。いや、確かに約束はしたけど!
「これも、騎士様の特権ってやつですか?」
「申請すれば誰でも許可されると思うけど」
「……」
それはあなたがそういう階級だからであって……! ああもう、調子が狂ってしまう。
一緒に過ごすのがやや不安になってきた頃合いで、ちょうど馬車が止まってくれた。
エスコートされて降りると、見覚えのある光景が広がっている。
「あれ、ここって……」
アルさんにかつて紹介した物件の一つ、旧ランジェロ侯爵邸だ。
もちろん中には入らない。そのまま従って歩いていくと、可愛らしい小さなカフェが見えてくる。うわあ、相変わらず混んでるな。
しかしアルさんは行列を無視し、まっすぐ入店しようとするではないか。慌てて袖口を引っ張る。
「ちょちょちょ、アルさん! 並ばなきゃ」
「予約してるから大丈夫」
「へ?」
店員さんに名を告げる。言う通り、わたし達は微塵も待つことなく、あっさりと入店できたのだった。
「えっ……よ、よく予約とれましたね?! 確かここって、当日の朝に並ばないといけなくて」
「うん。今朝、並んだよ」
「えええ」
いったい何時に起きたのだろう? せっかくのお休みなのに。
わたしが口を閉じるのを忘れていると、彼は微笑んでメニューを差し出してくれる。
「好きだと言っていたから。僕も来てみたかったんだ」
それは、婚約者さんがってこと? だよね?
自分が同行してしまったことに申し訳なさを感じながらも、興味のあったお店には違いない。覚えていてくれたなら律儀すぎる。ついでだとしても彼なりの厚意だとしたら、甘えさせてもらうべきだろうか。
「――わっ、すごい! ふわふわ!」
「ふふ」
噂に聞いていたパンケーキと、ついにご対面。あとでナターシャに自慢しようっと。
フォークが触れただけで、甘いタワーがふるふる揺れた。子供みたいにはしゃぐわたしを、アルさんは穏やかに見守っている。
恥ずかしさをごまかすために口へ押し込んだ一切れは、雪みたいに一瞬で溶けて消えてしまった。