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また明日

「……ッタ……」

「……」

「……え、……ッタ?」

「……」

「ロゼッタってば!」

「わ?!」


 危うくお茶のカップを取り落とすところだった。

 ナターシャが呆れ顔でため息を吐く。


「わ、じゃないわよ。近頃なんだかボーッとしちゃって。疲れてるんじゃない?」

「ちょっと、ええと……夜更かししちゃったというか……」

「まったく。ほどほどにしなさいね」


 もじもじと取っ手をいじっていたら、ちょうどホースマンさんも帰ってきた。時折、諸々の手続きのために外出するが、必ずお土産におやつを買ってきてくれる。


「今日も暇だなーワッハッハ」

「笑い事じゃないですよ店長。あら、マドレーヌ! いただきまーす」

「大丈夫、大丈夫。ロゼッタちゃんのお得意様が契約してくれたら、うちもしばらく安泰だ」

「……」


 抉られるような気分だ。

 黄金に輝く焼菓子に、ナターシャの興味はすっかり移ってしまったらしい。ホースマンさんは「そうだ」と、何やら、紙を一枚テーブルに広げた。


「前からロゼッタちゃんが気に入ってた土地があっただろ? あそこ、今度また大きな城が建つらしい」

「あ、それ、あたしも聞きました。どこかの貴族サマがあの辺の土地を買い占めたんだって!」


 間が良いのか、悪いのか。せっかくもう少しで売れるところだったのに。まだ話していなくてよかった、と思う。

 通知書らしきそれは、土地の所有者を示す国の文書。つまり、うちの取り扱いから外れるということだ。

 ふうん、と新しい所有者の名前を見る。


「アルフレッド・カーライル……」

「そうそう、カーライル様! そんなお名前だったわ」

「西方の伯爵家の御方だそうだ。いやあ、貴族ってのは、やることの規模が違うねえ」


 西の貴族がなんでまた、縁もゆかりもない土地を? お金持ちの考えることはよくわからない。

 でも、どこぞの貴族様の気まぐれのおかげで、新居探しは振りだしに戻るだろう。まだアルさんに会える。

 我ながら嫌な奴だ。あんなに嬉しそうにしてくれたのに、身勝手にも喜んでしまうなんて。


「そういえば今日は、あのお客さんが来る日だね」


 ……しかし、いつもの時間にアルさんは現れなかった。また忙しくしているのかもしれない。


 そのまま夕方になり、そろそろ閉店の準備をしようかとため息を吐いた時。ようやく来客を告げるベルが鳴った。

 勢いよく顔を上げると、立っていたのはなんとジゼル君。馬の手入れをしていたはずの彼は、戸口からわたしを手招く。その表情はなぜか少し不機嫌そうだ。


「ロゼッタちゃん、ちょっと」


 戸惑いつつも従えば、彼は小さく鼻を鳴らした。


「……あの客、騎士なんだってな」

「な、なんで知ってるの?!」

「本人から聞いた。……フン、俺は完全に信用したわけじゃないけど」

「え……?」

「それならそうと先に言えってんだ」


 何やら憤るジゼル君と一緒に、店の外へ出ると。


「アルさん!」

「こんにちは。……君も、ありがとう」


 今日は来ないと思っていただけに、驚きと嬉しさもひとしおだ。

 お礼を言われたジゼル君は、無言で鬱陶しそうに手を振って返すと、厩舎の方へと去ってしまった。わたし達は店の前に取り残される。


「いい子だね」


 アルさんはシャツの襟元を正しながら、ジゼル君が去った方向を見て微笑む。二人が仲良く会話するところは想像できないけど……何かあったのかな?


「あ、そうだ。せっかく来ていただいたのにごめんなさい。もうお店を閉めるところなので、今から内見には……」

「うん。ロゼッタさんに用事があって」


 わたしに?

 微かな笑みを見上げ、瞬く。


「見てほしいものがあるんだ。明日、時間をくれない?」

「でも明日はお休みで……」

「知ってるよ」

「……ええと?」

「休みの日に僕と会うのは、嫌かな」


 休日に、アルさんと会う?


「その、な、何をされるおつもりで……?」

「僕と一緒に出かけてほしい」

「いえ、あの、まさかと思いますけど、二人でですか?」

「そのつもり」


 そんなの、アルさんに婚約者がいる手前、まずいのでは?!

 難色を示すと、彼はちょっと困ったように眉を下げた。う……、そんな子犬みたいな表情をされると、こちらも胸が痛い。


「……嫌なら無理にとは」

「嫌では! ないです、ないですけど」


 見せたいものって何だろう?

 これまでの新居探しに対する、アルさんなりのお礼の気持ち? いや、きっとそうに違いない。

 それなら断るのも悪いし、と無理やり自分を納得させる。


「……わっ、わかりました。お出かけ、しましょう!」


 意を決して頷けば、あれよあれよという間に待ち合わせの段取りが決められ、我に返った時には既に、すらりとした姿を見送った後だった。「また明日」というやわらかな声が耳に残っている。


 そういえば、あの土地の契約が埋まってしまったことを伝えそびれていた。が、今は考える余裕がない。


「と、とんでもないことになっちゃった……」


 呆然と呟く。何を着ていこう……じゃない、違う違う!

 思い出ができたらそれでいいと考えよう。あの人はもとからお客さんなのだから、期待しては迷惑になるもの。

お読みいただき本当にありがとうございます!

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