ホースマン不動産にいらっしゃいませ!
「そうですね……二番目にご紹介したお家の方が庭は小さいです。でも、台所との間に壁がないので、お料理中もお話ができておすすめかなと。お庭も、家庭菜園には充分だと思いますよ」
先ほど内見したばかりの物件情報を並べて伝えると、若い男女は互いに顔を見合わせ、照れ臭そうに小声で言葉を交わした。
「うん、ロゼッタさんの言う通りだ。ここに決めるよ!」
「ありがとうございます。お二人の門出のお役にたてたなら、嬉しく思います」
笑顔で返し、店長を呼ぶ。わたしの仕事はここまでだ。
裏に戻って伸びをしていると、同僚のナターシャがお茶を淹れてくれる。
「お疲れさま、ロゼッタ先輩?」
「先輩はやめてよ。あなたの方が年上なんだから」
ありがとう、と受け取ってほっと一息をつく。
「ウフフ。良いわねえ、新婚さんって」
「ナターシャだって、結婚してから一年も経ってないじゃない」
「初々しさが違うわよ。ね、そういえば聞いた? 宝石店で働いてたマリエルちゃん、王都の騎士様と結婚したんですって! うらやましいわぁ」
「騎士様? 王家の騎士団ってこと?」
噂好きな彼女は、お茶菓子をつまみながら器用に話す。
「そうそう。お客さんの紹介がきっかけだそうよ。ほら、あたし達も前に、第一王子様のお誕生日パレードを見に行ったじゃない?」
「ああ……カッコよかったわねえ」
「ねー」
二人で、遠い目をしながら紅茶をすする。
「やっぱりお金持ちと出会う機会があるんだわ。こんな不動産屋と違って」
「うちじゃ絶対に期待できないわね」
「あーあ、何かの間違いで大富豪でも来店しないかしら?」
のんびりした町にこじんまりと構えるこの店の従業員は、店長を含め四人だけ。
こうしておしゃべりしていられるのだって、端的に言えばお客さんが少ないからだ。まあ、引っ越しなんてそう頻繁にするものでもない。
来店するのは、先ほどのようなカップルもいれば、寮での集団生活が肌にあわないという学生や、通勤のために転々とする人など様々だ。
人生の新しい出発……というと大げさだけど、誰かを応援できるようなこの仕事を、わたしはけっこう気に入っている。職場の人間関係だって平和そのもの。平凡に、穏やかな暮らしが続けば満足だった。
「あなたこそどうなのよ、ロゼッタ? 仕事が楽しいのはわかるけど、年頃の女の子に浮いた話の一つもないのはどうかと思うわ。――ねえ、店長ー?」
大声で呼びかければ、ちょうど契約手続きを終えたのであろう店長が、奥からぬっと顔を覗かせる。ここホースマン不動産の責任者である、ホースマンさんだ。
すでに成人した息子がいて、わたしとナターシャのことも実の娘のようにかわいがってくれる。
「店長も、かわいい娘には幸せになってほしいでしょ?」
「そりゃあもちろん。ロゼッタちゃんの結婚式でスピーチする準備なら、いつでもできてるよ」
「あたしの時みたいに号泣するのはやめてくださいね」
「難しい相談だな」
わざとらしい表情でご自慢の髭を撫でる。肩をすくめてくるナターシャに向かって、わたしも顔をしかめてみせた。
「何を勝手に盛り上がってるのよ」
「あら、大事なことよ? まずはもう少し男ウケするお化粧をしてー、あと髪も巻いてみたら? いっつもそんなポニーテールじゃほら、隙がないっていうか」
「はいはい、余計なお世話。お客さんに失礼もないんだからいいでしょう?」
憧れはないわけではない。しかし、ナターシャのようなかわいげを一朝一夕で身に付けられないのも確かだし、仕事に出会いがあるのでもなし。
「だーかーらぁ、あのお客さんはどうなの? いい男だと思うけど」
にんまりしながらナターシャは頬杖をつく。
あのお客さん……数ヵ月前から毎週決まった時間に来店する、謎の常連客のことだ。
飲食店ならいざ知らず、不動産屋に通いつめるなんて聞いたことがない。気に入らないなら別の店に行けばいいのに、なぜか根気強くうちを訪ねては、わたしが担当する羽目になっている。
そして毎回それなりの額のチップを置いていくものだから、ホースマンさんもむしろ歓迎していた。
「あ。噂をすれば」
来客を告げるベルが鳴る。
いそいそと出ていくナターシャがかつて、「すっごいイケメンよね! ま、旦那には負けるけど」と惚気混じりに評していたのも懐かしい。すっかり馴染みになってしまった青年は、今日も目が合うと会釈を一つ。
「ご指名よ、ロゼッタ」
「指名は受け付けてないんだけど」
「まあまあ。あなたに会いに来てるのかもしれないし」
「それはない。絶対にない!」
聞こえないようにひそひそと交わし、それから接客用の笑顔に素早く切り替え、青年を出迎える。
「ようこそ、ホースマン不動産へ! 今日こそ気に入ったお家をご案内できるように頑張りますね、アルさん」
彼とはまともな会話をしたことすらない。知っているのは名前と、顔も金払いもいいことくらい。ホースマンさんやナターシャには悪いが、これ以上どうなりようもないでしょう?