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性格がつかめない妻となった王女

「おや、戻ってきたのですか」


 フレデリックが執務室に戻ると、書類を読み込んでいたマクレガーが顔を上げた。すでに日も暮れ、外は真っ暗だ。昼過ぎにフレデリックが執務室を出ていったので、今日は戻ってこないものだとマクレガーは思っていた。


 フレデリックはむっつりとしたまま、客用の長椅子へと腰を下ろす。ここにやってきたが、仕事はしないという意思表示だ。


「戻ってきちゃ悪いか」

「いえいえ。王妃殿下を気に入っているようですから、たまには一晩ぐらい一緒に過ごしたらどうかと思っていますよ」

「……お前、できないのをわかっていて言っているだろう」


 フレデリックがぐるぐると唸る。マクレガーは手元の書類にサインをしながら、首元を緩め、だらしなく体を預けている主を見て眉を顰める。


「ですが、そろそろきちんとお話ししておかないといけませんよ。気が付いたら離縁に持ち込んでいそうですからね、王妃殿下」

「そもそも結婚して一カ月で離縁を考えているなんて、おかしくないか?」

「儚げな容姿からは想像つかないほど、行動的な方ですね。笑顔で離縁したいなんて、普通の王女なら冷酷王に向かって言えませんよ」


 フレデリックは先ほどまで一緒に過ごしていたユリアナを思い、ため息をついた。王妃に対して相応しくないと詰め寄る女もどうかと思うが、その女の戯言を真に受けて閨に送り込もうとする行動もフレデリックの理解からかけ離れている。しかも嫌がらせに対して辛そうなそぶりを全く見せることなく、笑顔でもっと相応しい人がいることが当然と言ってくる始末。


 フレデリックが後継者を必要としているのは事実で、色々な条件からユリアナを選んでいた。思い付きで婚姻など申し込むわけがない。気分でころころ変えることなどありえないのだ。


「大体、婚姻の申し込みをした時に離縁はないと話しているはずだよな?」

「そう思いたいですけど、どうでしょうね。小国であればあるほど、陛下は恐ろしい存在ですから。逆に期待を持たせるために、数年で離縁できるとか言われて嫁がされた可能性もあります」

「……いや、でもそれではあの態度の説明が付かない」


 この結婚に対してあまりにも思い違いをしていたので、こってりと説明をしてやったが、理解しているとは思えない顔をしていた。


 納得していないと言わんばかりのふくれっ面を思い出し、ため息をつく。


「あの女、何を考えているのか、まったくわからん」

「何も考えていないのでは?」

「はあ?」

「感情に素直というのか。今まで建前を必要として来なかったのかもしれません。王妃殿下の祖国と我々の価値観が違い過ぎるのでしょう」


 釈然としなくて黙り込むと、マクレガーが立ち上がった。部屋に用意されているグラスと酒の入った棚に近づいた。


「時間はありますか?」

「もう少し大丈夫だ」

「では、お酒を用意します」


 二つのグラスと酒瓶を持ってフレデリックの方へとやってきた。グラスをテーブルに置き、琥珀色の酒を注ぐ。


「それで、陛下はどう思われているのですか?」

「何が」

「王妃殿下ですよ。あれほどのほほんとした女性もいませんからね、陛下からガツガツいかないと、恐らく一生このままかと」

「はあ? なんで俺がガツガツいかないといけないんだ。今のままで十分だ。そのうち子供もできるだろうよ」


 フレデリックはグラスに手を伸ばす。マクレガーはおかしそうに声を立てずに笑った。


「そうでしたか。あまりにも王妃殿下を意識しているようだったので、もしかしたらと思っていたのですが」

「そんなことあるか! 確かに口を開かなければ極上だと思うけどな」

「なるほど」


 意味ありげにマクレガーが頷くので、フレデリックはむすっとした。不機嫌になった主を見て、マクレガーは話題を変える。


「それにしても貴族たちは相変わらずですね」

「だからさっさと首を挿げ替えてしまえばいいものを」


 舌打ちをするが、いつもの勢いはフレデリックにはなかった。マクレガーは肩をすくめる。


「それでは人材がいなくなるばかりです。よほどのクズではない限り、入れ替えませんよ。まあ十年ほどしたらゴミも排除できると思いますが」

「十年だと!」


 マクレガーの示した期間に、フレデリックは声を荒げた。マクレガーは肩を竦めた。


「仕方がありません。なんせ前国王陛下の負の遺産です。無理に推し進めても、国力を下げるだけです」

「……本当に何とかならないのか」

「世代交代は徐々にです。もちろん次の世代にはきっちりと教え込みますよ」


 マクレガーはそう言いながら、ゆっくりと酒を口に含んだ。フレデリックはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。


「次の世代も期待できないじゃないか。今日の女はパーネル侯爵家の娘だったぞ」

「おや、あそこの家にまだ独身の令嬢がいましたか?」

「やたらときつい顔立ちに特徴的な巻き髪をしていた。しかもユリアナを見下していた。身分を鼻にかけた一番嫌いな人種だ」

「もしかしたら……」


 マクレガーは少し考え込んでから、立ち上がった。自分の机に向かうと、束ねていた書類をがさがさと漁る。話の流れと行動が結びつかないフレデリックは黙って彼をじっと見守った。


「ああ、あった、あった」

「その書類とどう関係する」

「いえね、パーネル侯爵家には独身の令嬢は一人もいないんですよ。だけど陛下は結婚相手なら殺さないと判断したからなんでしょうね。陛下と年回りの近い遠縁の娘を養女にしたようです。デビューは一応していますね」


 マクレガーがただの推測ですが、と面白そうな顔で話し始める。


「俺だって、すぐに殺さない」

「それを信じる人がどれだけいるんですか。離宮の件だけでなく、謁見の時に王女の首を刎ねたのがダメ押しになりましたね」

「離宮は俺がやったわけじゃない。それに、王女の方は替え玉の上、暗殺者だった。風評被害だ」

「風評被害。そう見えないところが何とも」


 苦笑いしながら、マクレガーはフレデリックの前に書類を置く。


「話を戻しますが、陛下の側に適齢期の令嬢を侍らせれば、のし上がれると思ったのでしょうね」

「は? 意味が分からん。どうしてユリアナがいるのに、パーネル侯爵の養女を選ぶと思ったんだ」

「王妃殿下の祖国はそれはそれは小国ですから」


 フレデリックは嫌そうな顔になる。素直に感情を表に出す彼に、マクレガーは目を細めた。


「権力を握らせないようにするために小国の王女を選んだんだろうが。それを理解していない貴族がいるということか」

「恐怖心の方が強く出てしまっていますから、本来の意味を考えなかったのでしょう」

「恐ろしいのなら、ずっと恐怖で震えていればよいものを」

「結婚を前提にやってきた王女が首を切られ、その後に来た王女は寵愛されている。それを見てもしかしたら、と貴族たちの意識が塗り替わってしまったわけです」


 フレデリックは大きく息を吐くと、グラスの酒を一気に煽った。


「パーネル侯爵の方には釘を刺しておけ。再びユリアナの前に現れたら処罰すると」

「失敗がわかったでしょうから、すぐに引きますよ」

「それならいいんだが。念のため登城を禁止しろ」


 貴族は流れを見る力を持っているはずだから、失敗を悟って大人しくする分には問題はない。だが、昼間に見たパーネル侯爵家の養女は我が強すぎて、素直に聞くとは思えなかった。


「そろそろ時間だ」

「ああ、そうですね。離宮の様子はどうですか?」

「変わらないな」

「そうですか。かなり遠方なのですが、もしかしたら効くかもしれない薬があるようです」


 新しい情報にフレデリックは眉を上げた。マクレガーは困ったような顔になる。


「眉唾物でどうしようかと。かなり高額ですし」

「構わない。取り寄せろ」


 フレデリックは幾つか指示をしてから、執務室を後にした。


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