王妃に相応しくないと喧嘩を売られました
「小国の王女の癖に」
驚きの言葉を聞いて固まった。声のした方を向けば、華やかだがどこかきつい印象のある顔立ちをした令嬢がふんぞり返っている。綺麗な金髪を左右の高い位置にリボンで結び、ぐるぐるの巻き髪をした特徴的な令嬢だ。ユリアナよりも少しだけ背が低く、年下のようだ。
誰だかわからなくて、側に控えているアレシアに問いかけた。
「誰?」
「パーネル侯爵令嬢でございます」
「その、なんちゃら侯爵令嬢がどうしてここまで入り込んでいるの? そもそも、この場所、誰でも入れるところだったの?」
不思議すぎて、答えをもらう前に質問を重ねてしまう。
今ユリアナのいる場所はようやくフレデリックに許可をもらった奥の庭だ。先日、フレデリックがエスコートしてくれた庭で、強請った末に散策の許可が下りた。今ではこの庭の散策は午後の日課になっている。
そんな場所に、見知らぬ令嬢が突撃してきたわけだ。何人もの護衛が入り口にいただろうに、止められずにここまで来られる。それだけで彼女の家が確かな権力を持っていることが理解できた。
「なんてマナーのなっていない女なの! こんな女が王妃だなんて世も末だわ!」
彼女は目を吊り上げて、キーキーと耳障りな声で喚く。侯爵令嬢と言われているのであれば、彼女はまだ未婚の女性のはず。だが、文句を言うその勢いは嫁いびりをする姑のようだった。
「……これはどうしたら?」
ユリアナは好き好んでフレデリックに嫁いできたわけではないので、正直に言えば何を言っているのだという感想しかない。責められてもどうしようもないこともある。どうせなら、フレデリックに意見を言ってもらいたい。ユリアナにしたらいつでも離縁を受け付ける。
「好きに対処してください」
「それって、わたしが何をしても咎められないと考えていいの?」
「もちろんです。王妃殿下は貴族令嬢の頂点に立っているのですから」
後ろ盾を持たないユリアナが好き勝手したら問題しかないだろうと思いつつ、ぎゃんぎゃん叫び始めた彼女に向かってパンと手を叩いた。
突然の大きな音に驚いたのか、彼女はようやく口を閉ざした。我に返ったような顔になった彼女は、ちょっとかわいいかもしれない。驚いて固まった狸みたいだ。
「な、なによ」
「言いたいことは色々あるようですが、まとめればわたしが王妃に相応しくないということと、貴女の方が王妃に相応しいと訴えていると考えていいですか?」
「……そ、そうとも捉えられるわね」
少し狼狽えた様子を見せたが、すぐに胸を反らし偉そうに見下してきた。強メンタルな彼女に感心しつつ、笑みを浮かべた。
「そうですか。まだお若いようですけど、デビューしています?」
「もちろんよ! 十六歳になってすぐにデビューを済ませたんだから」
「うーん、微妙な年齢ね……」
ちらりとアレシアを見た。
「この国の結婚年齢って何歳?」
「一般的にはデビュー後です」
ということは、十五歳であってもデビューしているのだから結婚はできる。
「だったら問題ないわね。このような場所に入り込むぐらいの勇気があるのですもの。部屋を提供しますわ」
「え、部屋?」
「もちろん寝室です。そのつもりでわたしに声をかけてきたのでしょう? 陛下が貴女を気に入ったのなら、わたしは離縁して国に帰ります」
「まあ、未婚のわたくしに純潔を捧げろと言うの!?」
ありえないことを言われたと言わんばかりに、令嬢は憤った。その怒りに首が傾く。
「何も問題ないでしょう? 陛下が気に入らなければすぐに殺されるだけだし、生き残ったのなら気に入ったということだから、わたしの代わりに貴女が王妃になっても反対する人はいないでしょうから」
「はあ?!」
適当なことを話していたけど、すごくいい案のように思えてきた。元々はフレデリックが相手を容赦なく排除するから王妃になる人がいなくなり、縁もゆかりもない遠い小国の我が国に話が来たわけだ。
始めは歓迎していた小国出身の王妃だったが、それも時間が経てば色々と欲が出てくる。フレデリックがユリアナを冷遇していないのなら、もっと相応しい女性を王妃にすべき、という考えはとても理にかなっている。
王妃の地位には未練はないが、この豊かな暮らしはちょっとだけもったいないなと思いつつ。
「ねえ、アレシア。離縁する時にどれぐらいお金持たせてくれると思う? 一年ほどは好きにお菓子を食べられるぐらい貰えると嬉しいのだけど」
「王妃殿下、早まり過ぎです」
「そんなことないでしょう? だって自国の侯爵家が名乗りを上げているのよ。わたしなんかよりもよっぽど王妃に向いていることは間違いないわ」
「そういうことではありません」
アレシアが眉を寄せて、頭が痛そうに首を振っている。アレシアのどうしようもないな、というような態度は今に始まったことじゃないから無視だ。
「それで、今日からでも問題ないかしら? このままわたしの部屋に来てほしいわ。支度もすべて侍女に任せればいいし。特に着飾る必要も化粧も必要ないから。寝着は使っていないものが沢山あるから好きなものを選んで」
ウキウキしてそんなことを言っていれば、がしっと頭が掴まれた。力のこもった指が頭をぎりぎりと締め上げる。
「きゃああ、痛い! 痛い!」
「お前は何を勝手なことをやっているんだ」
力が緩んだので、すぐさま痛みの元凶から距離を置く。あまりの痛みに涙を浮かべ、フレデリックを睨みつけた。
「暴力反対!」
「暴力じゃない。躾だ」
「躾にだって痛みは不要です」
むっとして言い返せば、呆れたようにフレデリックがため息をついた。手が届かないところにと、気が付かれないように少しずつ後ろに下がった。
「それよりも、どうしてここに? 仕事中では?」
「お前が変なことを言い出していると連絡が入ってきた」
「変なことだなんて……小国の王女は王妃に相応しくないと言われたから、そうだと納得しただけです。それに」
なりたい人がいるなら、と続けたかったがすぐさま唇を乱暴に指で摘ままれた。強い力でもないし、痛みもないが、これでは話すことができない。うーうーと唸りながら抗議の声を上げたが無視された。
「それで余計なことを言った女はお前か」
「わ、わたくしはパーネル侯爵家の」
「勝手に口を開くな。俺の機嫌が悪くなる前にさっさと消えろ」
フレデリックが熱のない声で彼女の言葉を遮った。冷ややかな対応に、背筋がぞくりとするがここで負けてはいけない。
とりあえず、この唇を押えている手を引きはがそうとするが、まったく動かない。しかもユリアナの口を抑え込んだまま、腰に腕を回してきた。そしてそのまま小脇に抱えられる。
この身長差が憎い!
足をプラプラさせながら彼の脛を蹴ろうと頑張るが、ちょっとかする程度だった。悔しいことにフレデリックは気にする素振りもしない。
「陛下にはもっと相応しい令嬢がいるはずです!」
「よほど死にたいらしいな」
ようやく彼の手がユリアナの唇から外れた。左腕にユリアナを抱えたまま、フレデリックは右手を閃かせた。
「ひっ……!」
鞘から引き抜かれた剣先が彼女の目の前に突き出される。あと少しで右目に触れてしまうのではないかという近さだ。
「俺がこれを生かしているのを見て、大丈夫だと思ったのか?」
剣を目の前に、真っ青になった彼女は頷くことも声を出すこともできない。ユリアナは小脇に抱えられた状態で冷や汗をかいていた。抵抗もこっそりと止めておく。
フレデリックは無表情のまま、剣を振るった。
鋭く空を切る音に息をのむ。彼女の首飾りに引っ掛けたのか、宝石が乾いた音を立てて地面に散らばった。
「あ、ああ……!」
パーネル侯爵令嬢はへなへなとその場に座り込んだ。
「この女を牢にぶち込んでおけ」
「わかりました」
空気になっていた騎士たちが動き出し、彼女の両腕を掴み引きずるようにして庭園から出ていった。その後姿を茫然として見送る。
「さて、言い訳を聞こうか?」
「え、言い訳?」
「お前、勝手に王妃の座を降りようとしただろう」
冷ややかな声音に頭の中に警戒音が激しく鳴り響く。
ユリアナも好きでここにいるわけではない。父である国王に売られただけだ。だけど素直に口にすることはできない。命が危ない。
当然、だんまりとなる。
「まあ、いい」
「え! いいの?」
「今からしっかり理解させてやる」
なんだか嫌な予感しかない。
がっちりとした腕から逃れようともがいてみたが、もちろん外れるわけもなく。フレデリックはそのまま歩き出してしまった。
「どこに行くの?」
「夫婦らしい交流をしようじゃないか」
「……」
実は気に入られているんだろうか。
そんな妄想してしまうほど、現実を直視することから逃げ出した。