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夫との距離


 この国に嫁いだ王妃だといっても、ユリアナが頑張ってやることはほとんどない。


 とにかく引きこもって、決められたことをやればいい。王妃という肩書があるから、今までのような木綿の飾り気のないワンピースなんていう格好はできないが、窮屈でない程度の支度で過ごしている。


 夕方になればフレデリックがやってくるが、彼は子作りのためだけにやってくるのだから別に着飾る必要はない。あの男は夫婦の情など育てるつもりはないらしく、基本的に効率重視だ。


 なんとひどい扱いなんだと憤る気持ちもなくはないが、そもそもそういうことを期待していい相手じゃない。生きていられるだけで素晴らしい。しかも暴力を振るわれたことはないし、閨でも丁寧で優しいので辛さはない。政略結婚なのだから、まあまあいい関係ではないだろうか。


 午前の勉強が終われば午後は夕方まで自由だ。ユリアナはアレシアが用意した流行りの本を広げ、お菓子を食べていた。

 今日のお菓子は小さな焼き菓子で、たっぷりのフルーツが使ってある。小さなカップ状のクッキー生地の上にクリーム、そして綺麗に飾られた果物たち。オレンジやベリーなどが可愛らしい。


 その一つに手を伸ばして、うっとりとしたため息をついた。最初は恐ろしくて嘆いていたけれども、その恐ろしさも次第に薄れ、こうして美味しいものを食べられることを幸せに思えるようになっていた。祖国ではこんなお洒落なお菓子なんて姉たちが送ってくれないとなかなか食べられない。普段の生活なんて、節約ばかりだ。


 しみじみと祖国との違いを感じながら、高級な菓子を一口一口じっくりと味わう。


「はあ、本当にこの国のお菓子は美味しいわ。祖国に送ってあげたいぐらい」

「ごく普通のお菓子ですが……」


 アレシアは不思議そうだ。


「わたしの国はね、北国だからほとんど果物は取れないの。あるのは夏の間に干したフルーツぐらいよ」


 祖国のお菓子はドライフルーツがメインで、がっちがちに干からびた果物をしゃぶる。品よく食べるには非常に細やかな注意が必要になる。でも大抵はくちゃくちゃと音が鳴ってしまう。あの音がちょっと恥ずかしくて、ユリアナはこっそりと誰もいないところで食べることが多かった。


 菓子を堪能しながら、広げていた小説に再び目を落とした。結ばれなかった二人が困難を乗り越えて真実の愛を手に入れる、感動のワンシーンを読む。


「ねえ、世の中、一途な恋愛に生きられる貴族なんているのかしら……」

「ものは考えようです」

「どういうこと?」

「不幸な結婚だったとしても、あらゆる手管を使って関係を改善したり、夫を嵌めて婚家を掌握すれば、愛情はなくとも幸せになれます」

「ええ……」


 淡々と話すアレシアに思わず引いてしまった。


「貴族社会では婚約して心を通わせることができるのはごく一部。大抵はそうやって自分の幸せを作るのです」


 そういうものかと無理やり納得してこの話は打ち切った。夢も希望も持てないリアルさはいらない。現在進行形で夢も希望もない状態なのだ。


「――もしかして、この小説のように婚姻相手を嵌めて離縁に持ち込むのは参考になるのかしら?」

「本気でやめてください。首が飛びます」

「ちゃんと法に則っていれば大丈夫じゃない?」

「離縁をちらつかせた瞬間に物理的に飛びます」


 真剣なまなざしで断言されて、ユリアナは口をつぐんだ。アレシアはじっとりとした目を向けてくる。しばらく見つめ合っていたが、負けてしまった。


「わかったわ。想像だけにしておく」

「ご理解、ありがとうございます」


 離縁はムリでも、離宮で静かに暮らすことは諦めていない。やっぱり早めに愛人に会っておかないといけない。


 本に目を落とし、読んでいるふりをしながらどうやって居場所を突き止めるか考え始めた。ここにきて1か月近く経ったが、行動範囲は狭い。この城の間取りすら理解していなかった。


 これはかなり問題では……。


 愛人の居場所を探る前にまずは城の間取りを覚えていこうと心に決める。

 自分のすべきことを改めて考えていると、騒々しい足音が聞こえてきた。顔を上げれば、アレシアは静かに部屋の外にいる護衛に声を掛けに行く。彼女が話している間に、騒々しさの元凶が現れた。


「陛下?」


 いつもよりも早い時間に驚いて目を瞬く。呆気に取られて固まっている間に、フレデリックは大股で近づいてきた。いつもここにやってくる時よりも明らかに機嫌が悪い。久しぶりの刺々しさに、体を震わせた。


「お前にだ」


 フレデリックは不愉快そうに表情を歪めたまま、一通の手紙を差し出してきた。その様子から手紙を渡すことは不本意なのだろう。


「中は確認させてもらった。問題ないから渡すようにと」


 どうやらマクレガーから頼まれたようだ。礼を言ってその手紙を受け取り、中を取り出す。手紙を広げれば、見慣れた文字が飛び込んできた。


 悪筆とは言わないが、誰が書いたか一目でわかるほど特徴のある筆跡。


「お父さまから」


 気が進まないが受け取ってしまった以上、読まなくてはいけない。

 フレデリックが見守る中、さっと手紙に目を通す。季節の挨拶に始まり、体調を気遣う言葉、そして最後には――色々とおねだりする言葉たちが踊っていた。


 読み返すことなく、ぐしゃりと握り潰す。


「おい」

「おほほほ、失礼しました。あまりにも脳内お花畑だったのでつい」

「それは確かにお前の父親からの手紙なのか?」


 どうやら中身をフレデリックも読んでいたようだ。渋々頷けば、とても不思議そうな顔になった。


「怖いもの知らずだと思ったのだが……まあ、お前の父親だな」

「どういうことですか。わたしだって怖いものはありますよ」


 むっとして言い返せば、フレデリックは唇を歪めた。


「そういうところだ。お前、俺が怖くないのか?」 

「ちゃんと怖がっているじゃないですか」


 理解できない言葉に、首をかしげる。現にちょっと前もフレデリックが不機嫌すぎて怖かった。


「大抵の女は俺が部屋にいるだけで真っ青になる」

「それは威圧が駄々洩れだからです」

「お前が倒れないのだから威圧が出ているとは思えない」


 それはフレデリックの威圧には慣れてしまったのだが、実際にはいるだけでぴりぴりした空気になる。本人は無自覚のようだが、気の弱い人間だったらきっと失神してしまうはずだ。


 ユリアナはヘラりと笑った。


「わたし、森でよく狩りをしていたので、多少なりとも慣れているというのか。クマとかオオカミとか、本当にヤバい空気をまき散らしていますから」

「……クマ?」

「あ、知りませんでした? わたしの国って本当に食糧難になることが多くて。森には沢山の恵みがあるのです。お互いに空腹なので、いつだって対峙する時は死ぬか生きるかの状態なの。クマ一頭、仕留めたら、その日はごちそうです」


 ユリアナは王女であり、一対一で食料候補と対峙することはない。だが、生死をかけた戦いだ。あの肌がチリチリとする緊張感が、仕留めようと思う気持ちの高ぶりが、今ではとても懐かしく思える。


「……」


 フレデリックが無言で、持ってきた箱をユリアナへと差し出した。綺麗な箱はとても美しい。


「わたしにですか?」

「お前以外、誰がいる」


 フレデリックが地の底から這うような声で返事をした。その禍々しい声音を極力意識しないようにする。


「ありがとうございます」


 礼を言って、箱を受け取った。ちらりと彼の表情を確認しながら、蓋を開けた。中身は芸術品ではないかと思うほど繊細なクッキーと飴の詰め合わせだった。


 食べるのがもったいないほどの菓子を食い入るように見つめる。食べてみたいけど、このまま飾っておきたいという気持ちもあって、自分の行動を選べない。


「お前は」

「ユリアナです」

「……ユリアナは変だ」


 しみじみと言われて、むっと唇を尖らせた。だがそれ以上の言葉を発することはなかった。しばらくの沈黙の後、彼は息を小さく吐いた。そして一歩後ろに下がる。


 いつもだったら、そのまま夫婦の時間に雪崩れ込むのだけど、どうやら今日は何もせずに帰っていくようだ。王妃としてのお勤めがないなんて嬉しすぎる。


「では、また明日お待ちしております」


 ユリアナがいそいそと立ち上がってそう挨拶すれば、フレデリックの目がギラリと光った。


「そんなわけあるか。少し付き合え」

「え?」


 彼は何故かユリアナの腰に腕を回した。そのまま引きずるようにして大股で歩き始める。


「陛下、どちらに行かれるのですか?」


 護衛のミンターが初めて声を上げた。フレデリックは聞かれたことが嫌だったのか、鋭く舌打ちした。


「庭だ」

「ああ、今、薔薇の花が満開でしたね」

「余計なことは言わなくていい」

「東屋の準備をさせます」


 なんだかんだと気を遣ってくるフレデリックを不思議に思いつつも、何も言うつもりはなかった。過ごしやすい環境で生きていけるのなら十分なのだから。


 だから素直に体を預ける。フレデリックも力が抜けたのが分かったのか、張り詰めていた雰囲気がたゆむ。


 もちろん前向きに捉えすぎなだけかもしれないが、しばらくは生き残れそうだ。


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